
スタジオジブリの高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』を観て、かぐや姫の身の回りの世話をしていた女性たちが気になった方も多いのではないでしょうか。
原作の『竹取物語』にはあまり詳しく描かれていない侍女や付き人ですが、映画版ではオリジナルキャラクターとして重要な役割を担っています。
この記事では、映画に登場する侍女・付き人の正体や役割、原作との違い、そして物語におけるその意味について詳しく解説していきますね。
映画をもっと深く理解したい方、キャラクターの背景が知りたい方にとって、きっと新しい発見があるはずです。
かぐや姫の物語の侍女・付き人は「女童(めのわらわ)」

『かぐや姫の物語』に登場する主要な侍女・付き人は「女童(めのわらわ)」と呼ばれるキャラクターです。
女童は田畑智子さんが声を担当しており、かぐや姫が都に連れてこられた際に、姫の身の回りの世話をする侍女見習いとして登場します。
彼女は姫に宮中の作法や貴族社会のマナーを教える教育係でもあり、姫の成長を見守る重要な存在として描かれています。
原作の『竹取物語』には侍女の詳細な描写がほとんどありませんが、映画版では高畑勲監督のオリジナル要素として、女童というキャラクターが創造されました。
この女童こそが、かぐや姫と貴族社会をつなぐ架け橋となる存在なのです。
女童が物語で果たす役割とは

姫の日常生活をサポートする付き人
女童の最も基本的な役割は、かぐや姫の日常生活全般をサポートすることです。
姫が屋敷で過ごす際の身の回りの世話から、衣装の選定、髪型の整え方まで、貴族の姫君として必要なあらゆることを教え、手伝います。
特に印象的なのは、姫が外出したがった際に、代わりに桜の枝を折ってくるシーンです。
これは姫の自由を制限する貴族社会のルールを象徴する場面でもありますね。
また、屋敷の庭で羽根突きをして遊ぶなど、姫の遊び相手としての役割も担っています。
貴族社会のマナーを教える教育係
女童のもう一つの重要な役割は、かぐや姫に貴族社会のマナーや作法を教える教育係としての機能です。
山里で自由に育ったかぐや姫にとって、都の貴族社会のルールは窮屈で理解しがたいものでした。
女童は姫に公達(きんだち)との面会の仕方、手紙の返し方、振る舞い方などを丁寧に教えます。
しかし、姫が五人の公達に難題を出して縁談を断ると、女童は驚きを隠せません。
そして「もう何も教えることはない」と言い残して屋敷を去ってしまうのです。
この場面は、女童が教えようとしていた貴族社会のルールと、姫の自由を求める心との対立を象徴していますね。
物語のテーマを象徴する存在
女童というキャラクターは、単なる脇役ではなく、物語のテーマを象徴する重要な存在です。
彼女は貴族社会のルールや価値観を体現しており、かぐや姫との対比によって、姫の孤独や葛藤がより際立ちます。
女童が屋敷を去った後、物語終盤で再び登場します。
姫が月に帰る頃には、斎部秋田(いんべのあきた)と月見の宴を楽しむ姿が描かれるのです。
この変化は、女童自身も自分の人生を歩み始めたことを示しており、姫の運命との対比がより切なく感じられます。
原作『竹取物語』との違い
原作における侍女の描写
平安時代に成立した原作『竹取物語』では、侍女の詳細な描写はほとんどありません。
侍女が登場するのは主に、帝からの文(ふみ)をかぐや姫に伝えたり、求婚者との間を取り持ったりする場面です。
原作では侍女は姫の代弁役として間接的に関わるのみで、個性やキャラクター性は描かれていません。
また、身分が低い存在として描かれており、主語を避ける叙述が特徴的です。
これは当時の身分制度を反映したものですね。
映画版のオリジナル要素
一方、高畑勲監督の映画版では、女童というオリジナルキャラクターを創造することで、侍女の役割を大きく拡張しています。
女童には個性があり、表情豊かで、かぐや姫との関係性も丁寧に描かれています。
特に、姫の日常的な付き人として強調され、姫の成長や孤独を象徴する存在として描かれている点が原作との大きな違いです。
原作では脇役でしかなかった侍女が、映画版ではストーリーテリングの重要な要素となっているのです。
なぜ高畑監督は女童を創造したのか
高畑勲監督が女童というキャラクターを創造した理由は、かぐや姫の孤独や葛藤をより深く描くためだったと考えられます。
姫と同じ年頃の女性として女童を配置することで、貴族社会に適応できる者とできない者との対比が明確になります。
また、女童が屋敷を去る場面は、姫の孤立をより際立たせる演出として機能しています。
そして終盤で女童が幸せそうに月見の宴を楽しむ姿は、地上での人生を全うできる者と、月に帰らなければならない姫との対比を強調しているのです。
その他の侍女・付き人的なキャラクター
女官(天人の一人)
女童以外にも、侍女や付き人的な役割を持つキャラクターが映画には登場します。
その一人が、朝倉あきさんが声を担当する「女官」です。
この女官は天から姫を迎えに来る天人の一人で、地上の記憶を消す天の羽衣をかぐや姫に着せる役割を担います。
彼女は地上の侍女ではなく、天界の付き人とも言える存在ですね。
姫に羽衣を着せる際の優しくも冷たい雰囲気は、地上の記憶を失わせることの残酷さを表現しています。
北の方(石作皇子の正妻)
もう一人、間接的に姫の周辺に関わるキャラクターが「北の方」です。
朝丘雪路さんが声を担当するこのキャラクターは、石作皇子の正妻として登場するオリジナルキャラクターです。
直接の侍女ではありませんが、皇子がかぐや姫に求婚する場面で、姫の動向を窺う役割を果たします。
北の方の存在は、求婚者たちにも家族や現実の生活があることを示し、物語に奥行きを与えています。
その他の使用人たち
映画には名前のない使用人たちも多数登場します。
彼らはかぐや姫の屋敷で働き、姫の生活を支える存在として描かれています。
特に屋敷が完成した際の宴会の場面では、多くの使用人が忙しく働く姿が描かれていますね。
これらのキャラクターは個別のストーリーは持ちませんが、貴族社会の構造を視覚的に示す重要な役割を果たしています。
映画の興行成績と評価
興行収入と観客動員
『かぐや姫の物語』は2013年11月23日に公開され、興行収入25.5億円、観客動員約126万人を記録しました。
ジブリ作品としては中規模の興行成績でしたが、その芸術性と独特の表現方法は国内外で高く評価されています。
特に手描きの水彩画のような映像表現は、アニメーション史に残る革新的な試みとして知られていますね。
女童というキャラクターへの評価
女童というキャラクターについては、映画ファンや評論家の間でも様々な意見があります。
多くの人が、女童の存在がかぐや姫の孤独をより際立たせていると評価しています。
また、姫に寄り添おうとしながらも、最終的には理解できずに去ってしまう女童の姿は、人間関係の難しさを象徴しているという意見もあります。
一方で、女童がもっと描かれていてほしかったという声も少なくありません。
ファンの間で語られる侍女・付き人の魅力
女童の心情に共感する声
SNSや映画レビューサイトでは、女童というキャラクターに共感する声が多く見られます。
「女童は自分なりに姫のためを思っていたのに、理解されなくて切ない」という意見や、「女童も社会のルールの中で生きている一人の女性だった」という指摘があります。
特に、姫に難題を出されて困惑する場面では、女童の立場の難しさに多くの人が気づかされますね。
貴族社会のマナーを教えることが自分の役割だった女童にとって、姫の行動は理解を超えるものだったのでしょう。
終盤の女童の姿に安心する声
物語の終盤で、女童が斎部秋田と月見の宴を楽しむ姿に安心したという声も多くあります。
「女童も幸せになれてよかった」「姫とは違う人生を歩めた女童に救われた」といった感想が見られます。
この場面は、地上での人生を全うできる喜びを描いていると同時に、月に帰らなければならない姫との対比をより切なくしています。
女童が幸せそうであればあるほど、姫の悲しみが際立つという演出の巧みさに感動する人も多いですね。
声優・田畑智子さんの演技への評価
女童を演じた田畑智子さんの演技も高く評価されています。
「女童の真面目さと戸惑いが声からよく伝わってくる」「プロの声優ではない田畑さんだからこそのリアルな演技が良かった」という意見があります。
高畑勲監督は俳優を声優として起用することで知られていますが、女童の場合も田畑さんの自然な演技が、キャラクターの人間味を増していると言えるでしょう。
原作研究から見る侍女の描写
平安時代の侍女の実際の役割
『竹取物語』が成立した平安時代において、侍女は貴族社会において重要な役割を担っていました。
侍女たちは姫君の身の回りの世話だけでなく、文の取り次ぎ、来客の対応、教育など、多岐にわたる業務を担当していたのです。
特に恋愛においては、侍女が仲介役として重要な役割を果たすことが多かったですね。
原作の『竹取物語』でも、帝からの文をかぐや姫に伝えるのは侍女の役目でした。
文学作品における侍女の描かれ方
平安時代の文学作品では、侍女は主人公の姫君に対して身分が低い存在として描かれることが一般的でした。
そのため、原作『竹取物語』でも侍女は主語を避ける叙述で描かれており、個性やキャラクター性はほとんど与えられていません。
これは当時の身分制度と文学の慣習を反映したものです。
しかし、映画『かぐや姫の物語』では、この侍女に個性と感情を与えることで、現代的な物語に昇華させているのです。
映画版が描いた新しい侍女像
高畑勲監督の映画版は、古典文学における侍女の描かれ方を踏まえながらも、全く新しい侍女像を提示しました。
女童は単なる使用人ではなく、一人の人間として感情を持ち、葛藤し、そして自分の人生を歩んでいく存在として描かれています。
この描写は、原作を尊重しながらも現代的な視点を加えるという、高畑監督の姿勢を象徴していますね。
女童というキャラクターの創造は、古典を現代に語り継ぐための重要な工夫だったと言えるでしょう。
まとめ:女童が映画に与えた深み
『かぐや姫の物語』における侍女・付き人は、主に「女童(めのわらわ)」として描かれており、かぐや姫の身の回りの世話や貴族社会のマナーを教える役割を担っています。
原作『竹取物語』には詳細な描写がほとんどない侍女ですが、映画版では高畑勲監督のオリジナル要素として、女童という個性的なキャラクターが創造されました。
女童は姫の日常生活をサポートし、貴族社会の価値観を体現する存在であり、姫との対比によって、姫の孤独や葛藤をより際立たせています。
また、物語終盤で女童が幸せそうに月見の宴を楽しむ姿は、地上での人生を全うできる者と月に帰らなければならない姫との対比を強調し、物語に深い余韻を与えていますね。
女童というキャラクターは、単なる脇役ではなく、物語のテーマを象徴する重要な存在なのです。
映画をもう一度観てみませんか
女童というキャラクターについて知った今、もう一度『かぐや姫の物語』を観てみると、新しい発見があるかもしれません。
女童の表情や言葉、そして姫との関係性に注目すると、物語がより深く理解できるはずです。
特に、女童が屋敷を去る場面と、終盤で月見の宴を楽しむ場面は、改めて観ると非常に味わい深いシーンですよ。
高畑勲監督が丹精込めて作り上げた『かぐや姫の物語』の世界を、ぜひもう一度体験してみてくださいね。
きっと、初めて観たときとは違う感動が待っているはずです。