かぐや姫の物語の五人の貴公子と石作皇子の正体は?

かぐや姫の物語の五人の貴公子と石作皇子の正体は?

スタジオジブリの『かぐや姫の物語』を観て、美しいかぐや姫に求婚した五人の貴公子たちが印象に残った方は多いのではないでしょうか。

特に石作皇子は、他の求婚者とは異なる独特な行動を取る人物として描かれていますが、彼の正体や背景については詳しく知らない方も多いはずです。

この記事では、原典『竹取物語』から現代のジブリ映画まで、石作皇子という人物の全貌を詳しく解説します。
彼がかぐや姫から課せられた難題「仏の御石の鉢」とは何なのか、なぜ偽物で求婚を試みたのか、そして物語における彼の意味まで、分かりやすくお伝えしていきますね。

石作皇子は五人の貴公子の中で偽物を持参した求婚者

石作皇子は五人の貴公子の中で偽物を持参した求婚者

石作皇子(いしづくりのみこ)は、『竹取物語』およびジブリ映画『かぐや姫の物語』に登場する五人の求婚者の一人で、かぐや姫から「天竺にただ一つしかない仏の御石の鉢」を取ってくるという不可能な難題を課せられた人物です。

彼は本物を入手することができず、山寺のすすで真っ黒になった鉢を偽物として持参しますが、かぐや姫に見抜かれて求婚に失敗してしまいます。

映画版では俳優の上川隆也が声を担当しており、原典の設定を踏まえながらも、現代的な解釈で描かれているキャラクターですね。

なぜ石作皇子は偽物で求婚を試みたのか

なぜ石作皇子は偽物で求婚を試みたのか

課せられた難題「仏の御石の鉢」の正体

かぐや姫が石作皇子に課した難題は、「天竺(インド)にただ一つしかない仏の御石の鉢を取ってくること」でした。

この鉢は釈迦が持っていたとされる石製の鉢で、「打っても割れない」という意味合いを持つ聖なる宝物とされています。
現代風に言えば、世界に一つしかない宗教的な遺物を要求されたということですね。

天竺まで百千万里もの道のりがあることを考えると、実質的に入手不可能な品物だったのです。

石作皇子の心理と行動の変化

石作皇子は内心で「天竺まで百千万里もある道を行って、そんな鉢をどうして取れるだろうか」と考え、本物入手は不可能だと悟りました。

それでもかぐや姫と結婚したい一心で、「天竺にある物でも、持って来られないものか」と考え込み、偽物でごまかそうと決意したのです。

この心理描写からは、石作皇子の必死さと同時に、真実よりも結果を重視する価値観が見て取れますね。

実際に持参した偽物の正体

石作皇子が実際に取ってきたのは、大和国十市郡の山寺の賓頭盧(びんずる)像の前に置かれていた、すすで真っ黒になった普通の鉢でした。

彼はそれを錦の袋に入れ、造花の枝に付けて、いかにも貴重な品物のように装って持参したのです。
しかし、この工夫も結果的には無意味だったということですね。

かぐや姫による偽物の見抜き方と他の貴公子との比較

かぐや姫の鋭い洞察力

かぐや姫はその鉢を見て怪しみ、本物かどうかを確かめました。
本物なら「金の鐘」のように光り輝くはずですが、石作皇子の鉢には光がないため、すぐに偽物だと判定されたのです。

鉢の中には石作皇子の和歌の手紙が入っており、「海山の道に心を尽くしはて…」と、自分は海山を越えて苦労してこの鉢を得たのだと訴える内容でした。

必死さはうかがえますが、現実には山寺の鉢にすぎないものを、大げさな物語で包み隠そうとしたということですね。

五人の貴公子の中での位置づけ

五人の求婚者の中で、偽物の品物を実際に持参するのは以下の三人です:

  • 石作皇子:他所の寺の鉢を「仏の御石の鉢」と偽る
  • 車持皇子:鍛冶職人を雇い、三年かけて「火ねずみの皮衣」の偽物を作らせる
  • 右大臣阿倍御主人:「竜の首の五色の玉」の偽物を持参

興味深いのは、かぐや姫が石作皇子の偽物に対してはすぐに偽物だと見抜いて拒絶するのに対し、車持皇子の作り話には別の反応を示している点です。

これは、同じ「偽物」でも物語上の扱いや意味が異なることを示しているのかもしれませんね。

物語における風刺的な意味

研究では、石作皇子を含む五人の貴公子のエピソードが、平安時代の貴族社会や男性像を風刺した構造を持つとされています。

特に石作皇子の行動は、「自分の都合や体面のために姫を求める男性像」の典型例として描かれており、現代でも通用する普遍的な批判精神が込められているのです。

実際の評価と現代での受け止め方

研究者による歴史的背景の解釈

近年の研究では、竹取物語の求婚者には奈良・飛鳥から天武・持統朝期の実在貴族をモデルにした可能性が指摘されています。

その中で、石作皇子は多治比嶋(たじひのしま、701年没)がモデルとする説が紹介されています。
他の求婚者も壬申の乱後の有力貴族と対応しうるとされ、政治風刺・貴族風刺としての側面があるとみる研究もあるんですね。

ジブリ映画での現代的解釈

スタジオジブリの『かぐや姫の物語』では、原典の筋を踏まえながらもキャラクター性を強調した演出がされています。

現代的な解説では、五人それぞれの難題が「かぐや姫を自分の所有物として扱い、彼女自身の心やありのままの姿を見ない男たち」の象徴として解釈されています。

石作皇子のエピソードもその一部として、現代にも通じる問題提起がなされているのです。

SNSや現代メディアでの言及例

現代では、石作皇子の行動について以下のような観点から語られることが多いです:

  • 「結果のためなら手段を選ばない」現代人の姿との類似性
  • SNSでの見栄や偽りの情報発信との共通点
  • 真実よりも体面を重視する社会的風潮への警鐘

特にSNSの普及により、「偽りの自分を演出する」という行為が身近になった現代において、石作皇子の行動は非常に現代的な問題として受け止められているようです。

まとめ:石作皇子は虚栄心と必死さを併せ持つ複雑な人物

石作皇子は、『竹取物語』および『かぐや姫の物語』に登場する五人の求婚者の一人で、「天竺にただ一つの仏の御石の鉢」を持ってくるという不可能な難題を課せられた人物です。

彼は本物をあきらめて山寺のすすけた鉢を偽物として持参しましたが、光がないことなどから偽物と見抜かれ、求婚に失敗してしまいました。

石作皇子の物語は、虚栄心と必死さ、そして真実を軽視する姿勢を併せ持つ複雑な人間性を描いた、時代を超えて通用する普遍的なテーマを含んでいます。

現代のジブリ映画でも、この設定を踏まえながら「姫を自分の所有物のように扱う求婚者」の一例として描かれ、現代的な問題提起がなされているのです。

古典文学の中にも、現代に通じる人間の本質的な問題が描かれていることを、石作皇子の物語は教えてくれています。
ぜひ原典の『竹取物語』やジブリ映画『かぐや姫の物語』を改めて鑑賞して、石作皇子という人物の奥深さを味わってみてくださいね。

キーワード: かぐや姫の物語 五人の貴公子 石作皇子