
スタジオジブリの『かぐや姫の物語』のラストシーン、あの無表情のかぐや姫が涙を流しながら月へ帰っていく場面に、心を揺さぶられた方も多いのではないでしょうか。
あの涙は一体何を意味しているのか、なぜかぐや姫は無表情だったのか、そして最後に映る赤ちゃんのシーンにはどんな意味が込められているのか。
この記事では、2013年に公開された高畑勲監督の遺作となった『かぐや姫の物語』の最後、月に帰るシーンについて、その演出の意図や原作『竹取物語』との違い、そして多くの人が感じた疑問に答えていきます。
映画を観て心に残ったあのシーンの深い意味を、一緒に紐解いていきましょう。
かぐや姫が月に帰るシーンとは

『かぐや姫の物語』の最後、月に帰るシーンは、旧暦8月15日の満月の夜、天人たちがかぐや姫を迎えに来て、彼女を雲に乗せて月へ連れ去る場面です。
このシーンでは、無表情のかぐや姫が地球を振り返りながら涙を流しますが、天人によって着せられた羽衣により地球での記憶は消去されてしまいます。
しかし、その涙は記憶が消えても心の奥底に何かが残ることを示唆し、完全な悲劇ではなく希望を残した終わり方となっているのです。
なぜかぐや姫は無表情で涙を流すのか
羽衣による記憶の消去
かぐや姫が月に帰る際、天人たちは彼女に羽衣を着せます。
この羽衣には、地球での記憶を消去する力があるとされています。
映画の中でも、かぐや姫自身が事前におじいさんとおばあさんに「月に帰れば、あなたたちのことも忘れてしまう」と予告しているんですね。
つまり、無表情になっているのは、すでに羽衣の力が働き始めているからなのです。
喜怒哀楽という感情、地球での思い出、愛した人々の記憶が、徐々に消えていく過程が、あの無表情として表現されています。
それでも流れる涙の意味
しかし、記憶が消えていく中でも、かぐや姫の目からは涙が流れます。
この涙こそが、この映画の最も重要なメッセージなんですね。
頭では忘れても、心の奥底には地球での経験が刻まれていることを示しています。
高畑勲監督は、この涙を通じて「人間の経験や感情は、たとえ記憶から消えても、魂の深い部分に残り続ける」というテーマを描きたかったのでしょう。
月の世界とは何を象徴しているのか
映画の中で月の世界は、浄土(煩悩のない清浄な世界)として描かれています。
仏教的な視点では、地球は「穢れ」のある世界とされ、月は清らかで苦しみのない世界とされるのです。
しかし、高畑監督はこの構造を逆説的に使っています。
清らかで苦しみのない月よりも、苦しみや喜び、愛や悲しみがある地球の方が、人間にとって本当に生きる価値のある場所なのではないか、というメッセージが込められているんですね。
天人たちの不思議な力
月からやってきた天人たちは、不思議な力を持っています。
おじいさん(翁)とおばあさんは、かぐや姫を必死に守ろうとしますが、天人の力によって体が動かなくなってしまいます。
帝が送った軍勢も、天人たちの前では全く無力でした。
この演出は、人間の力では抗えない運命や宿命を表現しているとされています。
どれだけ愛していても、どれだけ守りたくても、避けられない別れがあるという、普遍的な人間のテーマが描かれているのです。
原作『竹取物語』との違いと共通点
乗り物の描写の違い
原作の『竹取物語』では、かぐや姫は空飛ぶ車に乗って月に帰ります。
一方、ジブリ版では雲を強調した幻想的な演出になっているんですね。
これは視覚的な美しさを追求するとともに、より神秘的で柔らかな印象を与える効果があります。
雲という自然物を使うことで、人工的な「車」よりも、運命や自然の摂理といった大きな力を感じさせる演出になっています。
共通する設定
原作とジブリ版には、多くの共通点もあります。
- 旧暦8月15日の満月の夜に帰還する
- 羽衣を着せられることで地上の記憶が消える
- かぐや姫が事前に別れを予告する
- 翁や帝が必死に引き留めようとするが果たせない
これらの設定は、平安時代から伝わる原作の基本的な枠組みを踏襲しています。
解釈の深さの違い
原作は比較的シンプルなストーリー展開ですが、ジブリ版ではかぐや姫の心情や葛藤が丁寧に描かれています。
月に帰りたくないという強い意志、地球での生活への愛着、そして罪と罰という仏教的なテーマまで掘り下げられているんですね。
特に「月から地球に来たのは罪の償いのため」という設定は、映画オリジナルの解釈で、物語に深い意味を与えています。
ラストの赤ちゃんシーンが持つ意味
輪廻転生の暗示
映画の最後、満月と生まれたばかりの赤ちゃん(竹から見つかったかぐや姫)が映し出されます。
このシーンは、物語の始まりに戻るような構成になっているんですね。
輪廻転生、つまり生まれ変わりや再生の希望を表現しています。
かぐや姫は月に帰ってしまったけれど、また新しい命として地球に戻ってくる可能性があるというメッセージなのです。
完全な悲劇ではない終わり方
高畑勲監督は、このラストシーンを「救済措置」として入れたと考えられています。
ただ悲しいだけの別れで終わるのではなく、希望や新たな始まりを感じさせる終わり方にしたかったのでしょう。
観た人の心に余韻を残し、「人生は続いていく」という肯定的なメッセージを伝えているのです。
童謡のように残る記憶
映画の中では、わらべ歌が重要なモチーフとして使われています。
記憶が消されても、童謡のように心の奥底に残り続けるものがある、という表現なんですね。
ラストの赤ちゃんシーンでも、このわらべ歌が流れることで、かぐや姫の魂に刻まれた地球での経験が消えていないことを暗示しています。
視聴者やファンの反応と解釈
「涙が止まらなかった」という声
SNSやブログでは、ラストシーンについて多くの感想が寄せられています。
「無表情なのに涙を流すシーンで、自分も涙が止まらなかった」という声が非常に多いですね。
特に、親になってから観ると、翁とおばあさんの気持ちに共感して、さらに深く心に響くという意見も見られます。
記憶が消えても愛した証が残るという描写が、多くの人の心を揺さぶっているのです。
「月に帰るのは死のメタファー」という解釈
最近の議論では、月に帰るシーンを「死」や別れのメタファーとして捉える解釈が広がっています。
愛する人との別れ、記憶の喪失、それでも残る何か――これらは、人生における喪失体験そのものを表現しているという見方です。
特に高齢化社会において、認知症などで記憶を失っていく家族を持つ人々にとって、このシーンは非常にリアルで切実なテーマとして響くんですね。
「地球の方が素晴らしい」というメッセージへの共感
「清浄な月よりも、苦しみも喜びもある地球の方が価値がある」というメッセージに、多くのファンが共感しています。
完璧で苦しみのない世界よりも、不完全でも感情豊かに生きられる世界の方が、人間らしく生きる場所なのではないか、という問いかけですね。
現代社会の効率化や感情の抑圧に対するアンチテーゼとして、このテーマは再評価されています。
富士山伝説との比較
興味深いことに、静岡県富士市には、かぐや姫が月ではなく富士山に帰り、帝と結ばれて神となるというハッピーエンド版の伝説があります。
この地域変異を知ったファンからは、「もしこちらの結末だったら」という「もしも」の議論も生まれています。
同じ物語でも、地域や時代によって異なる解釈や結末があることが、『竹取物語』の普遍性と多様性を示していますね。
数字と象徴に隠された意味
旧暦8月15日の意味
かぐや姫が月に帰る日は、旧暦8月15日の満月の夜です。
この日付には、数秘的な意味が込められているとされています。
「三」は天上の数、「五」は地上を表す数として、「八月十五」という数字の組み合わせが、天上と地上の循環を表現しているという解釈があるんですね。
満月の象徴性
満月は完全性や完成を象徴します。
同時に、満ちた後は欠けていく運命にあるという、無常観も表現しています。
かぐや姫の地球での生活が最高潮に達した時に別れが来るという構成は、この満月の象徴性と重なっているのです。
公開から10年以上経っても語られ続ける理由
『かぐや姫の物語』は2013年11月に公開され、興行収入は25.5億円、日本アカデミー賞8部門を受賞しました。
2026年現在も、このラストシーンについての議論や考察が続いているのは、普遍的な人間のテーマを扱っているからでしょう。
環境問題、アイデンティティの喪失、記憶と自己など、現代社会が抱える問題とも共鳴する内容になっているんですね。
まとめ:記憶が消えても残る何か
『かぐや姫の物語』最後の月に帰るシーンは、無表情ながら涙を流すかぐや姫の姿を通じて、記憶が消えても心の奥底に残り続ける何かがあることを表現しています。
天人によって羽衣を着せられ、地球での記憶を失っていくかぐや姫。
しかし、その涙は、頭で忘れても魂には刻まれた経験があることを示しているのです。
原作『竹取物語』と比べて、ジブリ版では雲による幻想的な演出や、仏教的な浄土のイメージが加えられ、より深い哲学的テーマが込められています。
そして、ラストの赤ちゃんシーンは、輪廻転生や再生の希望を表現し、完全な悲劇ではない終わり方となっているんですね。
このシーンに込められたメッセージは、「清浄で完璧な世界よりも、苦しみも喜びもある不完全な世界の方が、人間らしく生きられる場所なのではないか」という問いかけです。
高畑勲監督が最後に残したこの作品は、観る人それぞれの人生経験と重なり合い、深い余韻を残し続けています。
あなたの心に残ったものは何ですか
この記事を読んで、あの美しくも切ないラストシーンの意味が、少しでも深く理解できたのではないでしょうか。
映画を観たことがある方は、もう一度あのシーンを見返してみてください。
きっと、初めて観た時とは違う感情や気づきがあるはずです。
まだ観ていない方は、ぜひこの機会に『かぐや姫の物語』をご覧になってみてくださいね。
そして、あなた自身の人生の中で「記憶が消えても心に残っているもの」は何か、考えてみてはいかがでしょうか。
大切な人との思い出、忘れられない風景、心に刻まれた言葉――。
かぐや姫が涙を流したように、私たちの心の奥底にも、決して消えない何かがきっとあるはずです。
その大切なものを、どうか忘れずに、これからも生きていってくださいね。