
『となりのトトロ』を観終わった後、あのラストシーンに心を動かされた方は多いのではないでしょうか。
特に、サツキとメイがお母さんのいる病院までたどり着いたのに、なぜ会わずに帰ってしまったのか、気になりますよね。
そして、その後家族はどうなったのか、エンドロールで描かれた幸せそうな光景にはどんな意味があるのか。
この記事では、『となりのトトロ』のラストシーンに込められた意味と、その後の家族の物語について詳しく解説していきます。
あの感動的なエンディングをもう一度振り返りながら、宮崎駿監督が描きたかった家族の絆について、一緒に考えていきましょう。
となりのトトロのラストシーンとその後

『となりのトトロ』のラストシーンは、サツキとメイがネコバスで病院に到着し、お母さんに直接会わずにトウモロコシを窓辺に置いて帰るシーンです。
その後、エンドロールではお母さんがタクシーで無事に退院して帰宅し、サツキとメイが喜んで抱きつくという大団円のハッピーエンドが描かれています。
つまり、物語はお母さんの回復と家族の再会という温かい結末を迎えるのです。
ラストシーンの詳しい展開
ネコバスで病院へ向かう二人
メイが迷子になり、「お母さんに会いたい」という強い思いから始まった騒動。
サツキはトトロの力を借りてメイを探し出し、二人はネコバスに乗って七国山病院へ向かいます。
ネコバスの不思議な力で、あっという間に病院に到着した二人は、病室の外にある木の上から、窓越しにお母さんの様子を見守ることにします。
元気なお母さんの姿を確認
窓の向こうでは、お母さんがお父さんと楽しそうに会話している元気な姿がありました。
この光景を見て、二人は安心します。
お母さんが元気そうで、特に容態が悪化しているわけではないことを確認できたのです。
メイは「お母さん、元気そうだね」と嬉しそうに言い、サツキもほっとした表情を浮かべます。
トウモロコシを窓辺に置いて帰る
二人は直接お母さんには会わず、「おかあさんへ」と文字が刻まれたトウモロコシを窓辺に置いて帰ってしまいます。
お母さんは後に「今、サツキとメイが笑ったような気がした」と発言し、どこかで娘たちの存在を感じ取っていたのです。
このシーンは、多くの観客に強い印象を残し、様々な解釈を生んできました。
なぜお母さんに会わなかったのか
お母さんへのストレスを避けるため
二人がお母さんに直接会わなかった最も大きな理由は、病気のお母さんに余計な心配をかけないためとされています。
もし直接会ってしまえば、メイが迷子になったことや、今日一日の騒動について説明しなければなりません。
それは療養中のお母さんにとって、大きなストレスになってしまいますよね。
サツキは姉として、そして成長した子どもとして、お母さんの体調を第一に考えて行動したのです。
本来の目的は達成できた
メイの本来の目的は、おばあちゃんの畑で採れた新鮮なトウモロコシをお母さんに届けることでした。
お母さんの顔を見て元気だと確認できた今、その目的を果たせば十分だと判断したのでしょう。
子どもたちなりに考えた、最良の選択だったのです。
子どもたちの成長を象徴している
このシーンには、サツキとメイが精神的に成長したことを示す意味合いもあるとされています。
物語の冒頭では、お母さんと離れることに不安を感じていた二人。
特にメイは、お母さんがいないことに寂しさを感じていました。
しかしラストシーンでは、お母さんに会わなくても大丈夫になった、つまり自立心が芽生えたことを表現しているのです。
トトロの世界との境界線
もう一つの解釈として、トトロやネコバスという不思議な存在と現実世界の境界線を示しているという見方もあります。
子どもたちだけが見えるトトロの世界。
もし病室に入ってしまえば、それは完全に現実の世界になってしまいます。
宮崎駿監督は、ファンタジーと現実のバランスを保つために、あえて直接会わせなかったのかもしれませんね。
ラストシーンに対する様々な反応
感動したという声
多くの視聴者が、このラストシーンに深い感動を覚えたと語っています。
「サツキの優しさと成長に涙が出た」という声や、「子どもたちの心遣いが素晴らしい」という感想が多く見られます。
特に、親になってから改めて観ると、サツキの判断力と思いやりの深さに気づき、より一層感動するという意見も少なくありません。
子どもの頃には気づかなかった細やかな心理描写に、大人になって初めて気づくのですね。
なぜ会わないのか疑問に思った声
一方で、初めて観た時には「せっかく病院まで来たのに、なぜ会わないの?」と疑問に思ったという声もあります。
特に子どもの視聴者からは、「お母さんに会いたかっただろうに」という素直な感想が聞かれます。
この疑問こそが、このシーンの深さを物語っているとも言えるでしょう。
単純な再会シーンではなく、考えさせられる余韻を残すエンディングになっているのです。
都市伝説との関連を心配する声
インターネット上では、『となりのトトロ』にまつわる様々な都市伝説が広まっています。
「実は二人は死んでいる」といった根拠のない噂が一時期話題になりました。
しかし、スタジオジブリの公式見解では、そのような都市伝説は完全に否定されています。
ラストシーンで会わなかった理由も、決して暗い意味があるわけではなく、前述したような心温まる理由からなのです。
都市伝説に惑わされず、素直に作品のメッセージを受け取ることが大切ですね。
エンドロールで安心したという声
「ラストシーンでは少し切なかったけれど、エンドロールを見て安心した」という意見も多く見られます。
エンドロールでは、お母さんが退院して家族が再会する幸せなシーンが描かれているからです。
宮崎駿監督は、観客に不安を残さないよう、しっかりとハッピーエンドを用意してくれていたのですね。
エンドロールで描かれるその後の物語
お母さんの退院シーン
エンドロールでは、お母さんがタクシーに乗って病院から帰宅するシーンが描かれます。
これは、お母さんの体調が回復し、無事に退院できたことを示しています。
サツキとメイが心配していたお母さんの病気は、快方に向かっていたのです。
二人の願いが叶った瞬間ですね。
家族の再会
帰宅したお母さんを、サツキとメイが喜んで抱きつくシーンが続きます。
このシーンでは、家族全員が笑顔で、本当に幸せそうな表情を浮かべています。
長い間離れていた家族が、ようやく一緒に暮らせるようになったのです。
お父さんも嬉しそうに家族を見守っており、温かい家庭の雰囲気が伝わってきます。
日常生活に戻る家族
エンドロールではさらに、家族が一緒に食事をしたり、日常生活を楽しんだりするシーンも描かれています。
サツキは学校に通い、メイは幼稚園に通うようになります。
お母さんも家事をこなせるまでに回復しているようです。
物語の始まりで不安を抱えていた家族が、最後には平和な日常を取り戻している様子が描かれているのです。
トトロとの思い出
エンドロールには、トトロや猫バス、まっくろくろすけとの楽しい日々を思わせるシーンもあります。
子どもたちだけが体験した不思議な冒険は、かけがえのない思い出として心に残っているのでしょう。
トトロたちは今もどこかで、子どもたちを見守ってくれているのかもしれませんね。
宮崎駿監督が込めたメッセージ
家族の絆の大切さ
『となりのトトロ』全体を通して描かれているのは、家族の絆の大切さです。
お母さんの病気という困難な状況の中でも、家族が支え合い、乗り越えていく姿が描かれています。
ラストシーンでサツキがお母さんのことを思って判断したことも、深い家族愛の表れなのです。
子どもの成長と自立
サツキとメイの成長も、この作品の重要なテーマです。
特にサツキは、姉としての責任感を持ち、妹を守り、母親のことを考えて行動できるようになりました。
これは、困難な状況が子どもを成長させることを示しているのでしょう。
想像力と現実のバランス
トトロという不思議な存在を通して、子どもの豊かな想像力が描かれています。
同時に、現実世界での家族の問題もしっかりと描かれており、ファンタジーと現実のバランスが絶妙なのです。
ラストシーンで直接会わなかったのも、このバランス感覚の表れと言えるでしょう。
希望と明るい未来
物語は最終的に、希望に満ちた明るい未来で終わります。
お母さんは回復し、家族は再び一緒に暮らせるようになります。
宮崎駿監督は、どんな困難も乗り越えられるというメッセージを、観客に伝えたかったのかもしれませんね。
まとめ:家族への思いやりが詰まったラストシーン
『となりのトトロ』のラストシーンは、サツキとメイがお母さんに直接会わずにトウモロコシを届けて帰るという印象的なシーンです。
これは、病気のお母さんに心配をかけないためという、子どもたちなりの思いやりの表れでした。
そして、エンドロールではお母さんが無事に退院し、家族が再会するハッピーエンドが描かれています。
一見不思議に思えるこのラストシーンには、家族への深い愛情、子どもたちの成長、そして希望に満ちた未来というメッセージが込められているのです。
あなたも改めて観てみませんか
この記事を読んで、『となりのトトロ』のラストシーンの意味を知ったあなた。
改めて作品を観てみると、また違った感動が味わえるはずですよ。
子どもの頃に観た時とは違う視点で、サツキやメイの心情に寄り添いながら観てみてください。
きっと、あのラストシーンがより深く心に響くことでしょう。
家族と一緒に観れば、お互いの絆を再確認する素敵な時間にもなりますね。
『となりのトトロ』は何度観ても新しい発見がある、本当に素晴らしい作品です。
あなたもぜひ、この温かい物語をもう一度楽しんでみてくださいね。