かぐや姫の物語で高畑勲が語ったインタビューとは?

かぐや姫の物語で高畑勲が語ったインタビューとは?

スタジオジブリの高畑勲監督が14年ぶりに手がけた長編アニメーション『かぐや姫の物語』。

この作品について、高畑監督自身が数々のインタビューで語った言葉は、作品理解を深める重要な鍵となっています。

「なぜかぐや姫は地上に来て、なぜ月に帰らなければならなかったのか」という根源的な問いから始まった制作過程、すべてを描かない「余白の美学」という革新的な表現手法、そして現代を生きる私たちへのメッセージ。

本記事では、高畑勲監督が各種インタビューで明かした制作の意図、表現へのこだわり、宮崎駿監督との対話、そしてアカデミー賞ノミネート時の反響まで、監督の言葉を丁寧にたどりながら『かぐや姫の物語』の真髄に迫ります。

高畑勲監督がインタビューで語った核心的なメッセージ

高畑勲監督がインタビューで語った核心的なメッセージ

高畑勲監督は『かぐや姫の物語』について、「かぐや姫は何のために地上にやってきたのか、なぜ月に帰らなければならなかったのか」という長年の疑問から制作が始まったと語っています。

インタビューで繰り返し強調されたのは、自然の中で自由に生きていた存在が「女性という役割」「姫という役割」に閉じ込められていく苦しみという普遍的なテーマでした。

表現面では、「すべてを描き込まない」スケッチ的な手法を採用し、観客の想像力をかきたてることを意図したと明言しています。

これは「裏側にある本物を想像してほしい」という監督の願いが込められた、余白の美学とも呼ぶべき手法です。

また、約8年という長い制作期間を経て完成した本作は、高畑監督にとって「生きること」を問う集大成的な作品となりました。

なぜ高畑勲は『かぐや姫の物語』を作ろうと思ったのか

なぜ高畑勲は『かぐや姫の物語』を作ろうと思ったのか

「竹取物語」への長年の疑問

高畑監督は、日本最古の物語とされる『竹取物語』について、ずっと不可解さを感じていたとインタビューで述べています。

「かぐや姫は何のために地上にやってきたのか」「なぜ月に帰らなければならなかったのか」という問いは、原作では明確に答えられていません。

この根源的な疑問こそが、高畑監督が映画化を決意した最大の動機でした。

監督は長年この物語と向き合い、自分なりの解釈を見出そうとしてきたのです。

現代人へのメッセージ性

高畑監督は、かぐや姫の物語を「どこにも居場所を得られない」と感じている現代の人たちの琴線に触れるものにしたいと語っています。

自然の中で野山を駆け回り、奔放に生きる姿と、都に上がり「姫」という役割に閉じ込められ心を硬くしていく姿の対比。

この構造は、現代社会で役割や期待に押しつぶされそうになっている多くの人々に共感されるものでした。

インタビューでは、ファンタジー設定でありながら誰一人本当の幸福を得ない「引き裂かれた人々の悲劇」として本作を位置づけています。

「生きる」ことへの問いかけ

本作は「生きる」を問う14年ぶりの監督作として紹介されました。

高畑監督は「色彩豊かな地球にはさまざまな辛苦もあるが、清浄無垢な月世界では悩みもない代わりに憧れることすら許されない」という対比を描いたと語っています。

苦しみや悲しみがあっても、感情を持ち、喜びや憧れを知ることができる地上の世界。

それらすべてが消去された月の世界。

この対比を通じて、監督は「生きる」ことの意味を観客に問いかけたのです。

死者の視線と宗教性

あるインタビューで高畑監督は、自身の作品には「死者の視線」を感じることが大切だと語っています。

『火垂るの墓』などの作品にも通じるこの視点は、『かぐや姫の物語』においても重要な要素でした。

聞き手から「深い宗教性を感じる」と言われた監督は、死者との距離感や死者の視線のような感覚を観客に伝えることが、作品化を決めた重要な理由だったと説明しています。

かぐや姫の月への「帰還」が救済なのか断絶なのか判然としない終わり方は、まさにこの宗教的テーマ性の表れといえるでしょう。

革新的な表現手法「余白の美学」へのこだわり

すべてを描かないという選択

高畑監督は『かぐや姫の物語』で、「空間や陰影など、すべて描き込むのではなく、観る側の想像力や記憶をかきたてるスケッチ的な手法」をとったと明言しています。

これは「全部を描かない」ことによる"余白の美学"であり、観客に「その背後にある本物を想像してほしい」と促すスタイルです。

輪郭線も閉じ切らず、背景も白くかすれているような絵巻物的スタイルは、従来のアニメーションの常識を覆すものでした。

想像力を喚起させる絵の力

監督はインタビューで興味深い指摘をしています。

「子供の絵でも、下手な絵でも、見る人は描き手が描きたかったものを読み取ろう、想像しようとしてしまう」。

この人間の持つ想像力を信じ、あえて描き込まないことで観客一人ひとりの経験や記憶を呼び起こすことを狙ったのです。

『ジブリの教科書19 かぐや姫の物語』などに収録された言葉から、監督のこの手法への強い信念が伝わってきます。

『山田くん』から『かぐや姫』への進化

こうした手法は『ホーホケキョ となりの山田くん』で田辺修とともに試み、『かぐや姫の物語』で集大成に至ったとされています。

長年「誰もそこまで考えなかったディテールを描く」写実的アニメーションで知られた高畑監督が、逆に「すべてを描かない」スタイルに到達したこと。

関係者によれば、これは本人の長年の念願だったといいます。

監督自身も、手描きアニメーションならではの豊かさ、線の生気を追求したものだと語っています。

地上波放送時のメッセージ

2015年の地上波初放送時のインタビューで、高畑監督は「劇場で見なかった人にこそ見てほしい」と語りました。

そして改めて、「裏側にある本物を想像してほしい」というメッセージを発信しています。

簡略化された線や色の向こうに、観客一人ひとりが"本物の世界"を立ち上げてほしい。

これが監督の願いでした。

宮崎駿との対話に見る制作哲学の違い

線へのこだわりをめぐる議論

『文藝春秋』2014年2月号に掲載された宮崎駿監督との対談は、二人の巨匠の制作哲学の違いを浮き彫りにする貴重な記録です。

高畑監督が前述の"スケッチ的手法""余白"へのこだわりを語ったのに対し、宮崎監督は異なる見解を示しました。

「僕はもう線のタッチなんかにこだわりません。

線を見せるために映画を作っているのではない」。

宮崎監督は、たくさんのアニメーターが描くから、線の良さにこだわると作業が進まなくなると述べ、『かぐや姫』の徹底した線へのこだわりに異論を唱えたのです。

長年のパートナーならではのやり取り

しかし高畑監督は即座に反応します。

「でも宮さんが全面的にそう思っているかどうかは怪しいよね(笑)」。

この対談は、お互いを深く理解し尊重し合う二人の関係性を象徴するものとして記録されています。

方法論は違っても、アニメーションへの情熱と探求心は共通していたのでしょう。

この対話は後に鈴木敏夫プロデューサーの著書『天才の思考 高畑勲監督と宮崎駿』にも収録され、広く読まれることになりました。

制作の舞台裏:8年の歳月と体制の変更

企画から完成までの長い道のり

『かぐや姫の物語』は企画から完成までに約8年を要した長期プロジェクトでした。

当初、高畑監督は「少数精鋭」で制作する構想を持っていたとインタビューで明かされています。

しかしプロデューサーの証言によれば、それでは完成までに20年かかり、本人が90歳を超えてしまうという懸念がありました。

このため、最終的には「いつものように大人数で作る体制」に切り替えることになったのです。

高コストと制作上の課題

人数増加と公開延期などにより人件費が膨らみ、製作費が非常に高額になったこともスタッフインタビューで語られています。

本作はスタジオジブリの経営面に大きな影響を持つ作品となりました。

しかし高畑監督は、妥協することなく自身の理想とする表現を追求し続けたのです。

その姿勢は、完成した作品の圧倒的な芸術性に結実しています。

かぐや姫という存在をどう描いたか

役割の檻に閉じ込められる苦しみ

高畑監督のインタビューや関係者の証言から浮かび上がるのは、かぐや姫を「役割に押しつぶされる存在」として描いたという事実です。

女性であること、姫であること、結婚という制度。

これらの社会的役割や期待が、自由に生きていた一人の人間を徐々に追い詰めていく様子が丁寧に描かれました。

関係者によれば、作品論では「ファンタジー設定でありながら誰一人本当の幸福を得ない『引き裂かれた人々の悲劇』」と評されています。

女性像ではなく「個人」の物語

2020年代の新潟国際アニメーション映画祭での「高畑勲監督特集」では、関係者によるトークショーが開かれました。

そこで語られたのは、高畑作品に通底する「個人の人生」へのまなざしです。

高畑監督には「特定の理想の女性像」があるというより、「その人物がその状況に置かれた時どう動くか」を徹底的にシミュレーションして物語を組み立てる作家だと評されています。

『かぐや姫の物語』では、かぐや姫の苦しみは「女性だけが持つ感情」に還元できるものではありません。

ジェンダーよりも"個としてのかぐや姫"を徹底的に追ったドラマとして、制作陣の証言からもその姿勢が裏づけられているのです。

世界が評価した芸術性とインタビューでの反応

アカデミー賞ノミネートと海外の反響

『かぐや姫の物語』は第87回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされ、国際的な注目を集めました。

現地インタビューで高畑監督は、候補作の監督たちから多くの賛辞を受けたことが報じられています。

海外の制作者たちは「こんな表現は今まで見たことがない」「絵画的表現とストーリーテリングが独特だ」と評価しました。

監督は自身の作風について、世界の大きな流れである3D・CGとは異なる、手描きアニメーションならではの豊かさを追求したものであると語っています。

線の生気を追求した到達点

インタビューでは、線の生気、手描きならではの温かみや躍動感を大切にしたという監督の言葉が繰り返し伝えられています。

デジタル技術が主流となる中で、あえてアナログ的な表現を極限まで突き詰めた本作。

その芸術的価値は、国内外の映画祭や批評家から高く評価され続けています。

SNSやファンの間で語られる高畑インタビューの言葉

「裏側にある本物を想像してほしい」への共感

SNSでは、高畑監督の「裏側にある本物を想像してほしい」という言葉が繰り返し引用されています。

ファンの間では、この表現手法が観客を作品に参加させる新しい試みとして評価されています。

「見るたびに新しい発見がある」「自分の経験と重ね合わせて見られる」といった声も多く見られます。

現代社会への問いかけとしての再評価

「どこにも居場所を感じられない」というテーマについて、SNSでは多くの共感の声が寄せられています。

特に若い世代からは、役割や期待に押しつぶされそうになる現代社会の息苦しさと重ね合わせる意見が目立ちます。

「かぐや姫の苦しみは自分の苦しみだ」という声も少なくありません。

宮崎駿との対話への興味

宮崎駿監督との対談について、ファンの間では「二人の巨匠の考え方の違いが興味深い」という意見が多く見られます。

「方法論は違っても、お互いをリスペクトしている関係性が素晴らしい」という評価も。

この対談は、アニメーション制作における多様なアプローチを示すものとして、クリエイターの間でも話題になっています。

2020年代における再評価の動き

映画祭での特集上映とトークイベント

2020年代には新潟国際アニメーション映画祭で「高畑勲監督特集」が組まれ、『かぐや姫の物語』関係者によるトークショーが開催されました。

ここでは制作陣の証言を通じて、監督の制作意図や作品に込められたメッセージが改めて検証されています。

高畑作品に通底する「個人の人生」へのまなざしが、より深く理解される機会となりました。

批評における位置づけの変化

近年の批評記事では、『かぐや姫の物語』における"余白の美学"が、高畑勲監督の到達点として再検証されています。

「どこにも居場所がない」と感じる現代人へのメッセージ性も、時を経るごとに重要性を増していると評されています。

高畑監督や宮崎監督の証言をもとに、作品を多角的に分析する動きが活発化しているのです。

まとめ:高畑勲が語った『かぐや姫の物語』の真髄

高畑勲監督が各種インタビューで語った『かぐや姫の物語』についての言葉は、作品理解を深める重要な手がかりとなっています。

「かぐや姫は何のために地上に来て、なぜ月に帰るのか」という根源的な問いから始まった制作。

自然の中で自由に生きていた存在が、役割の檻に閉じ込められていく苦しみを描くことで、現代を生きる私たちに「居場所」や「生きること」の意味を問いかけました。

表現面では、すべてを描き込まない「余白の美学」という革新的な手法を採用。

観客の想像力を信じ、「裏側にある本物を想像してほしい」と促す姿勢は、アニメーション表現の新たな可能性を示しました。

宮崎駿監督との対談では、線へのこだわりをめぐって意見が分かれましたが、長年のパートナーならではの深い理解と尊重が感じられるやり取りでした。

約8年という長い制作期間を経て完成した本作は、アカデミー賞にノミネートされ、世界から「今まで見たことがない表現」と高く評価されています。

2020年代に入っても映画祭での特集上映や批評での再検証が続き、高畑勲監督の集大成的作品として再評価が進んでいます。

監督自身の言葉を通じて作品を見つめ直すことで、『かぐや姫の物語』に込められた深いメッセージと芸術性がより鮮明に浮かび上がってくるのです。

高畑勲監督の言葉とともに作品を見つめ直してみませんか

『かぐや姫の物語』は、一度観ただけでは理解しきれない奥深さを持った作品です。

高畑勲監督がインタビューで語った言葉を知った今、もう一度作品に向き合ってみてはいかがでしょうか。

「裏側にある本物を想像してほしい」という監督の願いを胸に、あなた自身の経験や記憶と重ね合わせながら鑑賞すると、きっと新たな発見があるはずです。

すべてを描かない線の向こうに、あなただけの物語が立ち上がってくるかもしれません。

役割の檻に閉じ込められていくかぐや姫の姿に、現代を生きる私たち自身の姿を重ねることもできるでしょう。

そして「生きること」の意味を、あらためて考えるきっかけになるかもしれませんね。

高畑勲監督が8年の歳月をかけて到達した表現の境地を、ぜひあなた自身の目で確かめてみてください。

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