
スタジオジブリの『かぐや姫の物語』を観た方の中には、あるキャラクターの独特な顔立ちが気になった方も多いのではないでしょうか。
特に帝(御門)の異様に長いアゴは、一度見たら忘れられないインパクトがありますよね。
「しゃくれ」という言葉で検索されるこの特徴的な造形は、実は作品のメッセージや時代考証とも深く結びついています。
この記事では、なぜ帝があのような長いアゴで描かれているのか、その意図や背景、さまざまな解釈について詳しくご紹介します。
結論:帝の長いアゴは意図的なデザイン

『かぐや姫の物語』で話題になる「しゃくれ」とは、帝(御門)の極端に長く描かれたアゴのことを指します。
この長いアゴは、原典『竹取物語』には記述がなく、映画オリジナルの誇張デザインです。
平安貴族のイメージといえば一般的には丸顔でふっくらした輪郭が想像されますが、帝はその常識を覆すシャープで長いアゴで描かれています。
これは高畑勲監督をはじめとする制作陣が、権力者としての帝の異様さや、かぐや姫にとっての圧力を視覚的に表現するために、意図的に選んだ造形だと考えられます。
なぜ帝は長いアゴで描かれたのか

平安貴族のイメージを裏切る造形
平安時代の貴族といえば、一般的に以下のようなイメージがありますよね。
- 下ぶくれの丸顔
- ふっくらした輪郭
- マロ眉
しかし、『かぐや姫の物語』の帝は、このような従来のイメージを意図的に裏切る造形になっています。
極端にシャープで長いアゴは、観客に強烈な印象を与え、一度見たら忘れられないキャラクターとして記憶に残ります。
時代考証と食生活の関係
一部の解説では、帝のアゴと平安時代の食生活を絡めた興味深い考察もあります。
平安前期の人々は、現在よりも硬いものをよく噛んで食べていたため、アゴが発達しやすかったとされています。
その後、平安後期以降に貴族階級が柔らかい食事中心になることで、徐々にアゴが細くなっていくという歴史学・人類学的な説明もあるんですね。
ただし、これは公式に「食生活を時代考証してしゃくれにした」と明言されているわけではなく、あくまでコラム的な解釈です。
権力者の異物感を強調する記号
『かぐや姫の物語』において、帝はかぐや姫の最後の求婚者であり、最高権力者として登場します。
長いアゴは、権力者の異様さや気持ち悪さを強調する記号として機能していると考えられます。
かぐや姫に無理やり迫る存在としての帝を、身体的特徴で強烈に印象づけるための誇張表現なんですね。
視覚的なインパクトによって、かぐや姫にとっての恐怖や圧力を観客にも感じさせる効果があります。
美麗さの象徴という別の解釈
一方で、長いアゴは醜悪さではなく、当時的な美意識からみた優れた容貌の象徴として描かれているのではないか、という解釈もあります。
かぐや姫に言い寄る男たちは、それぞれ誇張された特徴を与えられており、その一環として帝も「徹底的にデフォルメされた理想像(権力と美)」として長いアゴを与えられた、という読み方ですね。
この解釈によれば、しゃくれは一義的に「ブサイク・悪」の記号ではなく、美と権力の誇張表現として捉えることができます。
作品テーマ「罪と罰」との関わり
『かぐや姫の物語』全体は「罪と罰」「生きることそのものが罰」というテーマで読み解かれることが多いですね。
かぐや姫は月で犯した「罪」により地上に落とされ、人の世で生きること自体が罰として描かれています。
さらに、月から与えられた「男を惹きつける力(呪い)」によって、かぐや姫は望まない求婚と執着に苦しめられます。
帝はその「男たち」の頂点であり、最終ボス的存在として、かぐや姫の自由を奪おうとする権力の体現でもあるんです。
この文脈で見ると、帝の異様なしゃくれは、権力の暴力性や異物感、かぐや姫にとっての恐怖や圧力を視覚的に強調するための記号として機能していると解釈できますね。
視聴者の反応と具体的な意見
一度見たら忘れられない強烈な印象
『かぐや姫の物語』を観た多くの視聴者から、帝の長いアゴに対する反応が寄せられています。
「アゴ長すぎでは?」という率直な感想は、作中でも一度見たら忘れられない強烈な造形になっていることを物語っています。
このインパクトの強さこそが、制作陣の狙いだったのかもしれませんね。
権力者への違和感を表現
ネット上の考察では、「なぜ帝は気持ち悪いのか?」という文脈で、アゴの長さを権力の歪みや侵犯性と結びつけて論じる意見も見られます。
最高権力者であるにもかかわらず、美しく描かれるのではなく、むしろ異様な造形で表現されていることに、作品の意図を読み取る視聴者も多いんですね。
かぐや姫の意志を無視して強引に迫る帝の行動と、その異様な外見が、権力者の暴力性を象徴しているという解釈です。
美的記号としての評価
逆に、長いアゴを醜悪さではなく、美麗さを象徴するものと見る立場もあります。
ブログやSNSでは、「当時の美意識では長いアゴこそが美しいとされたのでは?」という考察も見られます。
現代の私たちの美意識で判断するのではなく、平安時代の価値観や、作品内での誇張表現として捉える必要があるという意見ですね。
この視点に立つと、帝の長いアゴは、単なる気味悪さの演出ではなく、権力と美を極端にデフォルメした結果として理解できます。
制作へのこだわりを示す要素
『かぐや姫の物語』は、制作費約52億円、製作期間約8年という異例の長期・大規模プロジェクトでした。
線画風のタッチや誇張された人体表現など、ビジュアル・造形に極端にこだわった作品として知られています。
その中で、帝のしゃくれも「一度見たら忘れられない」キャラ造形として、意図的にデフォルメされた要素である可能性が高いんですね。
高畑勲監督の芸術的こだわりが、細部にまで行き渡った作品だといえます。
まとめ:しゃくれは作品メッセージを伝える重要な表現
『かぐや姫の物語』で話題になる「しゃくれ」は、帝の異様に長いアゴのことを指します。
原典『竹取物語』には「アゴが長い」という描写はなく、映画オリジナルの誇張デザインです。
平安貴族=丸顔というイメージを意図的に裏切る造形で、時代考証的な顎発達の話と絡めた解説もありますが、これは主にコラム的・批評的読みとなっています。
ネット上では、権力者の気味悪さ・異様さの象徴とする解釈と、美貌・権威の誇張としての美的記号とする解釈の、二つの方向で読み解かれています。
作品全体の「罪と罰」「人の世の罰」というテーマの中で、帝は男たちの極点・権力の体現として描かれ、その極端なしゃくれは視覚的にその役割を強める記号として機能していると考えられるんですね。
一見奇妙に思える造形も、作品のメッセージを伝えるための重要な表現技法だったのです。
作品をもう一度味わってみませんか
帝の長いアゴの意味を知ったうえで、もう一度『かぐや姫の物語』を観てみると、新しい発見があるかもしれません。
一つひとつの造形に込められた制作陣の意図や、視覚的な表現が物語のテーマとどう結びついているのかを考えながら鑑賞すると、作品の深さをより感じられるはずです。
高畑勲監督が8年という歳月をかけて作り上げたこの作品には、細部にまで作り手の思いが込められています。
帝のしゃくれも、そんな作品全体を構成する大切なピースの一つなんですね。
ぜひ、新しい視点で作品と向き合ってみてください。