
高畑勲監督の傑作アニメーション『かぐや姫の物語』は、月へ帰るラストシーンで多くの人の心に深い余韻を残しました。
あの印象的な結末の後、かぐや姫はどうなったのか、地上に残された人々はどうなったのか、気になりますよね。
また、作品自体に続編はあるのか、その後の展開はどうなっているのかも知りたいところです。
この記事では、『かぐや姫の物語』のその後について、公式情報から解釈、そして作品の現在の動きまで、詳しくご紹介します。
『かぐや姫の物語』のその後について

結論から申し上げると、『かぐや姫の物語』には公式の続編は存在しません。
スタジオジブリおよび高畑勲監督サイドから、月へ帰った後のかぐや姫や地上に残された人々の「その後」を描いた公式な続編、スピンオフ作品は告知されていないのです。
したがって、月へ帰った後のかぐや姫の運命や、帝や翁・媼のその後の人生は、視聴者の想像と解釈に委ねられた形になっています。
ただし、作品のラストシーンをめぐる様々な解釈や考察は今も続いており、また作品自体は金曜ロードショーでの放送やジブリパークでの展示など、様々な形で「その後」も動き続けています。
なぜ公式の続編は存在しないのか

高畑勲監督の創作姿勢
高畑勲監督は、作品を通じて「問い」を投げかけることを大切にする監督として知られています。
『かぐや姫の物語』も例外ではなく、明確な答えや続きを示すよりも、観客一人ひとりが自分なりの解釈を持つことを意図していたと考えられます。
月へ帰るというラストシーンは、一見するとすべてが終わったように見えますが、実は様々な読み取り方ができる開かれた結末なのです。
物語構造としての完結性
原典である『竹取物語』も、かぐや姫が月へ帰るところで物語が完結しています。
高畑監督の『かぐや姫の物語』も、この古典に忠実な構造を採用しつつ、現代的な解釈を加えた作品です。
物語として必要な要素はすべて描かれており、続編を必要としない完結した作品として制作されたと言えるでしょう。
続編よりも「解釈」を重視
ジブリ作品の中でも、『かぐや姫の物語』は特に解釈の幅が広い作品として知られています。
あのラストシーンには、死の比喩、解脱、記憶の喪失など、様々な読み方が可能です。
安易に続編を作ることで、その多様な解釈の可能性を狭めてしまうことを避けたとも考えられます。
ラストシーン「月へ帰る」場面の解釈とその後
「月」が象徴するもの
批評サイトや考察記事では、ラストの月への帰還を「死」や「現実からの解放」として読み解く解釈が多く提示されています。
月の世界は、穏やかで感情の起伏がなく、天人たちは一定のリズムで動いています。
この演出は、感情や苦しみから切り離された世界、つまり「あの世」の比喩として解釈されることが多いのです。
地上での喜びや悲しみ、愛や怒りといった激しい感情を経験したかぐや姫が、それらをすべて消されて無感情の世界へ戻る様子は、死後の世界や涅槃への到達を思わせます。
記憶を消されることの意味
月へ帰る際、かぐや姫は天の羽衣を着せられ、地上での記憶をすべて消されてしまいます。
これは一見、地上での人生の「全否定」のように思えるかもしれません。
しかし、多くの批評家は、これを「執着からの解放」として肯定的に捉える視点も提示しています。
かぐやが地上で味わった喜びと苦しみは、彼女自身の記憶からは失われますが、観客である私たちの心の中には残り続けます。
つまり、かぐや姫の「その後」は、作品を見た私たち一人ひとりの中で生き続けているとも言えるのです。
捨丸との再会シーンとその後
月へ帰る直前、かぐや姫は幼なじみの捨丸と再会します。
二人は一緒に逃げようとしますが、結局それは叶わず、夢のような時間は終わりを告げます。
この場面は「地上での恋愛や幸福は永続しない」「束の間の夢」を象徴していると解釈されています。
捨丸のその後の人生も明示されませんが、彼は「現実の人生を続ける人」として、私たち観客に委ねられているのです。
妻子がいながらも、かつての初恋の人との再会に心動かされる捨丸の姿は、人間の複雑さや矛盾をリアルに描いています。
翁と媼のその後
かぐや姫を育てた翁と媼のその後も、明確には描かれていません。
最愛の娘を失った二人の悲しみは計り知れないものがありますが、それもまた観客の想像に委ねられています。
ラストシーンで二人が竹林を見つめる姿には、深い喪失感と同時に、かぐや姫との日々への感謝も感じられます。
作品の「その後」の動き:放送・展示など最新情報
2026年金曜ロードショーでの放送決定
物語世界の後日談ではありませんが、作品自体は今も「動き続けています」。
2026年の日本テレビ系「金曜ロードショー」で、1月9日に『かぐや姫の物語』がノーカット放送される予定です。
新年最初の2週をジブリ作品でスタートする編成となっており、2日には『千と千尋の神隠し』、9日には『かぐや姫の物語』が放送されます。
この放送により、新たに作品に触れる人や、久しぶりに見返す人が増えることで、また新しい解釈や感想が生まれることでしょう。
ジブリパークでの展示リニューアル
ジブリパーク・ジブリの大倉庫では、『かぐや姫の物語』の名場面を体験できるコーナーがあります。
2025年12月17日には「新しい名場面」にリニューアルされており、作品世界をより深く追体験できるようになりました。
実際に展示を訪れた来場者からは、映画で見た感動が蘇るという声が多く聞かれます。
こうした展示を通じて、作品は今も多くの人々に共有され続けているのです。
関連イベントと上映会
全国各地では、定期的に『かぐや姫の物語』の上映会やトークイベントが開催されています。
特に大きなスクリーンで見る本作の美しい映像は、配信や家庭のテレビとは違った感動を与えてくれます。
高畑勲監督の遺作として、作品の芸術性や制作背景を学ぶ機会も増えており、作品の「その後」は様々な形で広がっています。
SNSや視聴者の反応:「その後」をどう捉えているか
解釈の多様性を楽しむ声
SNSでは、『かぐや姫の物語』のラストシーンについて、様々な解釈が投稿されています。
「月=死の世界だと思うと、あのラストは悲しくもあり美しくもある」という声や、「記憶を消されても、かぐや姫が生きた証は消えない」という前向きな解釈もあります。
また、「何度見ても新しい発見がある」「年齢を重ねるごとに感じ方が変わる」という意見も多く、作品の奥深さを物語っています。
捨丸との再会シーンへの共感
特に大人になってから見返した視聴者からは、捨丸との再会シーンに対する共感の声が多く聞かれます。
「あの切なさは大人にならないとわからない」「叶わない恋の美しさと残酷さが詰まっている」といった感想がSNS上で共有されています。
捨丸のその後を想像する投稿も多く、「きっと家族を大切にしながらも、あの夜を忘れられなかったのでは」という考察も見られます。
続編を望む声と望まない声
ファンの間では、続編を望む声と望まない声の両方があります。
「月でのかぐや姫の生活が見たい」「地上の人々のその後が気になる」という続編希望派もいれば、「あの終わり方が完璧だから続編は不要」という意見も根強くあります。
むしろ、「明確な答えがないからこそ、何度も考えたくなる」という声が多いことからも、高畑監督の意図は十分に伝わっていると言えるでしょう。
新しい「かぐや姫」作品への関心
2026年1月22日からNetflixで世界独占配信されるアニメ映画『超かぐや姫!』にも注目が集まっています。
これは高畑版の続編ではなく、「ゲーミング電柱から現れるかぐや」「仮想空間<ツクヨミ>でのライバー活動」など、まったく新しいかぐや姫像を描くオリジナル作品です。
「これは、まだ誰も見たことがない『かぐや姫』の物語」とうたわれており、古典『竹取物語』を現代的に再構成した挑戦的な試みとなっています。
SNSでは「高畑版とは全く違うアプローチが面白そう」「現代における『かぐや姫のその後』の一つの解釈として楽しみたい」という声が上がっています。
まとめ:『かぐや姫の物語』のその後
『かぐや姫の物語』には、公式な続編は存在せず、月へ帰った後のかぐや姫や地上の人々の「その後」は、視聴者の解釈に委ねられています。
ラストシーンは「死」や「解脱」の比喩として読み解かれることが多く、記憶を消されることは執着からの解放とも捉えられます。
捨丸や翁・媼のその後も明示されませんが、それは「観客の心の中で物語が続いていく」タイプのエンディングとして意図されたものです。
一方、作品自体は2026年1月9日の金曜ロードショーでのノーカット放送や、ジブリパークでの展示リニューアルなど、様々な形で「その後」も動き続けています。
また、『超かぐや姫!』のように、新たな「かぐや姫の物語」も生まれ続けており、古典は時代とともに新しい解釈を得ながら受け継がれていくのです。
作品と向き合い続けるために
『かぐや姫の物語』のその後を知りたいと思ったあなたは、すでに作品の魅力に深く引き込まれているのではないでしょうか。
公式の続編がないからこそ、あなた自身が想像し、解釈する自由があるのです。
2026年1月9日の金曜ロードショーで、改めて作品を見返してみてください。
きっと以前とは違った発見や感動があるはずです。
そして、ジブリパークを訪れる機会があれば、新しくリニューアルされた展示で作品世界に浸ってみるのもおすすめですよ。
『かぐや姫の物語』のその後は、あなたの心の中で生き続けています。
この素晴らしい作品と、これからもゆっくり向き合い続けてくださいね。