かぐや姫の物語の冒頭って何が描かれる?

かぐや姫の物語の冒頭って何が描かれる?

高畑勲監督が手がけた『かぐや姫の物語』の冒頭シーンは、見た人の心を一瞬で掴む美しい映像と、物語全体のテーマを象徴する重要な場面として知られています。

古典『竹取物語』を原作としながらも、高畑監督ならではの人間味あふれる演出で描かれた冒頭部分は、ただ赤ん坊が竹から生まれるだけではなく、その後の悲劇への伏線や「人間として生きる喜び」のテーマが込められているんですね。

この記事では、『かぐや姫の物語』の冒頭で何が起こるのか、原典との違い、そして高畑監督が冒頭に込めた深いメッセージまで、詳しく解説していきます。

冒頭で描かれるのは竹から生まれる奇跡の瞬間

冒頭で描かれるのは竹から生まれる奇跡の瞬間

『かぐや姫の物語』の冒頭では、竹取の翁が光る竹の中から小さな赤ん坊を見つけ、老夫婦が育てる決意をする場面が描かれます。

この冒頭シーンは、原典『竹取物語』の要素を押さえつつも、高畑監督独自の解釈で「生命の誕生」と「家族の愛」をより深く掘り下げた内容になっているんです。

特に印象的なのは、赤ん坊を抱いた媼(おうな・翁の妻)の胸から突然乳が出て授乳するシーンで、これは原典にはない高畑監督オリジナルの演出として話題になりました。

冒頭シーンの詳細な流れと演出

冒頭シーンの詳細な流れと演出

光る竹の発見から赤ん坊との出会い

物語は、山で竹を取って暮らす質素な老人・竹取の翁の日常から始まります。

ある日、翁はいつものように竹林に入ると、一本の竹が不思議な光を放っているのを目にします。

恐る恐る近づいた翁が竹を切り開くと、手のひらに乗るほど小さな赤ん坊の姿をしたかぐや姫がそこにいたのです。

この場面の映像は、高畑監督らしい淡い水彩画のようなタッチで描かれ、神秘的でありながらも温かみのある雰囲気を醸し出しています。

老夫婦に育てられる決意の瞬間

翁は小さな赤ん坊を「天からの授かりもの」として、急いで家へ連れ帰ります。

子どものいない老夫婦として描かれる翁と媼は、突然現れたこの小さな命を自分たちの娘として育てる決意をするんですね。

ここで特筆すべきなのが、媼が赤ん坊を抱いた瞬間、胸から乳が出て授乳するシーンです。

この演出について高畑監督は、「母とは血縁や年齢ではなく、関わる存在である」というメッセージを込めたとされています。

高齢の女性の体から突然母乳が出るという非現実的な描写ですが、これは母性の本質を象徴する重要な場面として解釈されているんです。

急速な成長と山里での暮らし

冒頭から物語前半にかけて印象的なのが、かぐや姫の驚異的な成長スピードです。

竹から生まれた不思議な子どもは、普通の人間よりもはるかに早いスピードで成長していきます。

赤ん坊だったかぐや姫は、あっという間に歩き始め、走り回るようになり、やがて近所の子どもたち(特に「捨丸」という少年)と野山を駆け回るようになります。

この山里での自由な暮らしの場面は、冒頭から物語前半の大きな柱となっており、後半の都での窮屈な生活との対比として重要な役割を果たしているんですね。

原典『竹取物語』との冒頭の違い

原典の冒頭はどんな内容だったのか

原作『竹取物語』は、平安時代前期(9〜10世紀)に成立した日本最古の物語とされ、作者は未詳です。

原典の冒頭も基本的には「竹取の翁が光る竹の中からかぐや姫を見つける」という設定は同じですが、描写はかなり簡潔です。

原典では、かぐや姫は「三寸ばかりなる人」(約9センチほどの人)として発見され、翁が籠に入れて持ち帰ったと記されています。

また、成長の様子も「三月ばかりになるほどに、よく成人になりぬれば」と短く描かれ、わずか三ヶ月ほどで大人になったとされているんです。

高畑版が加えた独自の要素

高畑監督の映画版では、原典にはない以下のような要素が加えられています。

  • 媼の授乳シーン:母性の本質を描く象徴的な場面
  • 山里での暮らしの詳細:自然の中での自由な幼少期を丁寧に描写
  • 捨丸との関係:幼なじみの少年との交流を通じた「人間らしさ」の獲得
  • 老夫婦の心情描写:翁と媼の喜びや戸惑いを丁寧に表現

特に、山里での暮らしは原典ではほとんど描かれない部分ですが、高畑版では映画の前半を使ってじっくりと描かれます。

これは、後に都へ上がって窮屈な生活を強いられるかぐや姫の「失われた自由」を際立たせるための重要な対比なんですね。

最古の物語形態との関係

研究者によると、『竹取物語』は最初期には「竹取の翁」と「天女(かぐや姫)」だけのシンプルな物語だったと考えられています。

後に五人の貴公子や帝の求婚エピソードなどが付け加えられ、複雑な求婚譚になったとする説があるんです。

高畑版の冒頭は、この「翁と天女(娘)」という原型に寄り添い、山里での慎ましい生活、授かりものとしての子、育てる側の喜びや戸惑いを時間をかけて描き直したものと見ることができます。

冒頭に込められた深いテーマとメッセージ

「人間であることの喜びと痛み」の出発点

冒頭から前半にかけて描かれる山里での暮らしは、かぐや姫が「人間として生きる幸せ」を体感する場面として位置づけられています。

自然の中で遊び、愛されて育つ幼少期は、後に都に上がり苦しみを知る展開との鮮やかな対比になっているんですね。

高畑監督は、この対比を通じて「人間として生きることの二面性」を描こうとしたとされています。

自由で喜びに満ちた田舎暮らしと、権力や見栄に縛られた都の生活。

冒頭の輝くような幸福の場面があるからこそ、後半の苦しみがより際立つ構造になっているんです。

母性の描き方に込められた哲学

媼の授乳シーンは、多くの批評家や観客が注目した象徴的な場面です。

高齢で、生物学的には出産も授乳も不可能な女性の体から突然乳が出るという描写は、一見すると非科学的で違和感があるかもしれません。

しかし、この場面には「母性は血縁や年齢ではなく、関係性から生じる」というメッセージが込められていると解釈されています。

つまり、かぐや姫を愛し、育てようとする意志そのものが母性を生み出した、という高畑監督の家族観が表現されているんですね。

このテーマは、現代社会における家族の多様性や、血縁にとらわれない親子関係の在り方を考えさせるものとして、多くの人に共感されています。

「この世に生まれる」こと自体の意味

高畑版『かぐや姫の物語』全体では、かぐや姫が月で犯した罪と罰が重要なテーマになっています。

その罰とは「人の世で生きて苦しむこと」と解釈されるのですが、興味深いのは、その罰の始まりである地上への誕生が、同時に喜びや躍動に満ちた時間として描かれている点です。

冒頭の美しく幸福な場面は、「生まれること」が罰であると同時に祝福でもあるという、複雑で深いメッセージを含んでいるんですね。

高畑監督は生前、「生きることは苦しみだが、それでも生きる価値はある」というテーマを繰り返し作品に込めてきました。

『かぐや姫の物語』の冒頭は、まさにそのテーマの出発点として機能しているんです。

冒頭シーンに対する反響と評価

映画評論家や専門家の見解

『かぐや姫の物語』は2013年に公開されましたが、その冒頭シーンは多くの映画評論家から高く評価されました。

特に注目されたのは、手描き調の背景美術と、動きの多いラフな線を活かしたアニメーション手法です。

この独特の映像表現は、冒頭の神秘的な誕生の場面や、山里での躍動感あふれる暮らしを描くのに最適だったとされています。

批評家たちは、「まるで絵巻物が動いているような」「日本画の美意識をアニメーションで表現した」と評しました。

また、冒頭から前半の田舎暮らしの場面について、「対比のために極端なほど美しく・楽しく描かれている」という指摘も繰り返しなされています。

制作の裏側と驚きの製作費

『かぐや姫の物語』の製作費は約52億円とされ、「なぜここまで高額になったのか」がしばしば論じられています。

この高額な製作費の理由として挙げられるのが、冒頭から全編にわたる実験的な映像表現です。

手描き調の背景美術や、通常のアニメーションでは使わないラフな線を活かした作画は、一枚一枚を丁寧に描く必要があり、膨大な時間とコストがかかったんです。

特に、冒頭の竹林のシーンや、かぐや姫が山を駆け回るシーンなどは、何度も描き直しが行われたとされています。

高畑監督の完璧主義と、新しい映像表現への挑戦が、冒頭から最後まで貫かれた結果の52億円だったと言えるでしょう。

SNSや視聴者の感想

SNSでは、『かぐや姫の物語』の冒頭シーンについて多くの感想が投稿されています。

「冒頭の竹から生まれるシーンで涙が出た」「媼が授乳するシーンが印象的すぎて忘れられない」といった声が多く見られます。

また、「田舎での暮らしが楽しそうで、都に行ってからとのギャップが辛い」「冒頭の幸せな場面があるから、後半の悲しみが際立つ」という意見も目立ちます。

特に子育て中の親からは、「媼の授乳シーンに母性の本質を感じた」「血が繋がっていなくても親子になれるというメッセージが心に響いた」という共感の声が多数寄せられているんですね。

一方で、「冒頭から前半が長すぎる」「もっとテンポよく進めてほしかった」という意見もあり、高畑監督の丁寧な演出に対する評価は分かれる部分もあるようです。

冒頭を理解するとより深く楽しめる作品

『かぐや姫の物語』の冒頭は、単なる物語の始まりではなく、作品全体のテーマが凝縮された重要な場面です。

竹取の翁が光る竹の中から小さな赤ん坊を見つけ、老夫婦が愛情を持って育てる決意をするまでの流れには、「生命の誕生」「家族の愛」「母性の本質」といった普遍的なテーマが込められています。

また、山里での自由で喜びに満ちた暮らしは、後半の都での窮屈な生活との対比として機能し、「人間として生きることの喜びと苦しみ」を浮き彫りにする構造になっているんです。

高畑監督が8年の歳月と52億円という製作費をかけて作り上げた冒頭シーンは、原典『竹取物語』を現代に蘇らせながらも、独自の哲学とメッセージを込めた芸術作品と言えるでしょう。

冒頭に込められた意味を理解することで、『かぐや姫の物語』全体がより深く、より感動的に楽しめるはずです。

今こそ『かぐや姫の物語』の冒頭を見直してみませんか

この記事を読んで、『かぐや姫の物語』の冒頭シーンに込められた意味や、高畑監督の思いを知っていただけたのではないでしょうか。

もしまだ作品を観ていないなら、ぜひ一度鑑賞してみてください。

すでに観たことがある方も、冒頭シーンの意味を知った上でもう一度観ると、また違った感動や発見があるはずです。

竹から生まれる神秘的な瞬間、媼が初めて授乳するシーン、山を駆け回る子どもたちの躍動感。

冒頭の一つ一つの場面には、高畑監督が伝えたかった「生きることの意味」が詰まっているんですね。

美しい映像と深いメッセージに触れることで、あなた自身の人生や家族について、新しい視点が得られるかもしれません。

ぜひ今夜、『かぐや姫の物語』の冒頭から、じっくりと作品世界に浸ってみてください。

キーワード: かぐや姫の物語 冒頭