
スタジオジブリの『かぐや姫の物語』を観た方なら、誰もが心を動かされるあの山里での幼少期シーン。
原作『竹取物語』では、かぐや姫は竹から生まれてわずか3か月で大人になってしまうため、子ども時代についてほとんど語られていません。
しかし高畑勲監督のこの映画では、幼少期を丁寧に、そして感動的に描き出しています。
山の中で自然に触れ、捨丸たちと駆け回り、「タケノコ」と呼ばれながら元気に育つ姿は、作品全体のテーマを支える重要な部分です。
この記事では、『かぐや姫の物語』における幼少期の描写について、原作との違いや、その意味、具体的なシーンまで詳しくお伝えしていきますね。
かぐや姫の物語の幼少期は映画オリジナルの重要な描写

『かぐや姫の物語』の幼少期は、原作『竹取物語』にはほとんど描かれていない、映画のオリジナル要素です。
山里でのびのびと育ち、捨丸たちと自然の中で遊ぶ自由な日々が丁寧に描かれ、これが後の都での息苦しい生活との対比となり、作品全体のテーマを支えています。
赤ん坊から少女へと驚異的なスピードで成長する過程や、木地師の子どもたちとの触れ合いは、かぐや姫にとっての「本当の幸せ」を表現する核心部分なのです。
なぜ幼少期の描写が重要なのか

原作『竹取物語』との大きな違い
原作『竹取物語』では、かぐや姫が竹から現れてから成人になるまでの期間は、わずか3か月と記されています。
子ども時代の具体的な描写はほぼ存在せず、すぐに美しい姫君として五人の貴公子から求婚されるという展開になります。
しかし映画では、この「子ども時代」を作品の中心的な要素として据えています。
光るタケノコの中から手のひらサイズの小さな姫が現れ、翁が家に連れ帰ると人間の赤ん坊の姿へと変化します。
そこから半年余りで少女の姿にまで成長する過程が、丁寧に、美しく描かれているのです。
急成長する姫の不思議な様子
映画では、かぐや姫の成長がタケノコのような速さであることが強調されています。
ミルクを飲むと急に重くなったり、寝返りからずり這い、よちよち歩きへと、現実の乳児発達を圧縮したような描写が続きます。
観ている側が「え、もう!?」と驚くほどのスピード感です。
特に印象的なのは、頭を打つ、転ぶなど「痛い思い」をする瞬間に一気に成長するという描写です。
高畑監督は「子どもは傷つきながら成長する」というモチーフを、この成長描写に込めたとされています。
痛みや困難を経験することで、人は一歩ずつ大人になっていくという普遍的なテーマが、ファンタジーの設定の中に織り込まれているのですね。
山里での自由な暮らしと共同体
幼少期のかぐや姫は、翁と媼に「天からの授かりもの」として大切に育てられます。
近所には木地師の家族が暮らしており、その子どもたちの中心人物が少年の捨丸です。
姫は成長の速さから、子どもたちに「タケノコ」と呼ばれ、本人もその呼び名を気に入って名乗ります。
山里での日々は、まさに子どもらしい自由と歓びに満ちています。
- 捨丸たちと野山を駆け回る
- 川遊びや虫取り、木登りを楽しむ
- キジを捕まえて「明日みんなでキジ鍋にしよう」と約束する
- 季節の移ろいを全身で感じる
これらのシーンは、単なる田舎の風景描写ではありません。
かぐや姫にとっての「本当の幸せ」「本当の居場所」を表現しているのです。
都での生活との対比が生む物語のテーマ
翁はかぐや姫を深く愛するがゆえに、「都に移り、高貴な姫君として暮らすことこそ幸せ」と信じて行動します。
竹の中から金銀財宝が次々と現れるのを見て、「これは姫を高貴な身分にするための天の思し召しだ」と考えるのですね。
しかし姫自身の幸せの感覚は、山里での自由な幼少期に根ざしています。
都に移ってから強いられる作法や教養、美しい着物や豪華な御殿は、姫にとって窮屈な檻のようなものでした。
翁の描く幸せの形と、姫が本当に求める幸せとのズレが、物語全体の大きなテーマとして扱われています。
この対比があるからこそ、クライマックスでの姫の叫びや、月への帰還シーンがより深い感動を呼ぶのです。
幼少期の具体的なシーンと評価
印象的なシーン1:赤ん坊から少女への急成長
映画の序盤、竹から生まれた姫が赤ん坊から少女へと成長していく過程は、アニメーション表現の極致と言えます。
媼がミルクを与えると、姫はぐんぐん大きくなり、腕の中で重くなっていきます。
翁と媼が驚き、喜び、戸惑いながらも愛情を注ぐ様子が温かく描かれていますね。
ハイハイを始めたかと思えば、次の瞬間にはもう立ち上がり、家の中を歩き回る姿に、観客は目を見張ります。
この急成長の描写は、ファンタジーでありながら、子どもの成長の儚さや尊さを感じさせる繊細な表現になっています。
印象的なシーン2:捨丸たちとの自然の中での遊び
山里での幼少期を象徴するのが、捨丸をはじめとする子どもたちとの遊びのシーンです。
特に有名なのは、姫が野山を駆け回るシーンで、まるで動物のように自由に、力強く走る姿が描かれます。
この場面のアニメーション表現は、高畑監督が目指した「生命力の表現」が最も輝いている部分です。
川で遊び、木に登り、季節の花や虫を追いかけ、時には転んで泣きながらも、また笑顔を取り戻す。
こうした自然の中での身体感覚が、かぐや姫の人格形成の根っこになっているのです。
捨丸という少年の存在も重要で、彼は姫の初恋の相手であり、山里という「故郷」の象徴でもあります。
印象的なシーン3:「タケノコ」という愛称
子どもたちが姫を「タケノコ」と呼ぶシーンは、微笑ましくも深い意味を持っています。
成長が早すぎる姫を見て、子どもたちが自然にそう呼び始めるのです。
姫自身もその呼び名を喜んで受け入れ、「私はタケノコ!」と元気に名乗ります。
この愛称は、姫が共同体の一員として受け入れられている証であり、山里での居場所を象徴しています。
都に移ってからは「なよ竹のかぐや姫」という高貴な名前を与えられますが、本人にとっては「タケノコ」こそが自分らしい名前だったのかもしれませんね。
SNSや評価での言及
『かぐや姫の物語』の幼少期については、多くのファンが感動を語っています。
SNSでは次のような声が見られます。
- 「幼少期の自由な姿と、都での窮屈な姿の対比が切なすぎる」
- 「山里で走り回るシーンの躍動感が忘れられない」
- 「タケノコと呼ばれていた頃が一番幸せそうだった」
- 「急成長する様子がファンタジーなのに、とてもリアルに感じた」
- 「捨丸との幼少期の思い出が、物語全体に重みを与えている」
映画評論家や専門家からも、幼少期の描写は高く評価されています。
「原作にはないオリジナル要素でありながら、物語の核心を支えている」という指摘が多く見られますね。
また、「子どもの身体感覚や自然との一体感を、アニメーションでここまで表現した作品は稀」という声もあります。
制作上の情報と声優について
『かぐや姫の物語』は、高畑勲監督がスタジオジブリで手がけた長編アニメーション映画で、2013年11月23日に公開されました。
かぐや姫の声優は、成長後を朝倉あきさんが、幼少期を内田未来さんが担当しています。
内田未来さんの幼少期の声は、無邪気さと生命力に満ちており、山里での自由な日々を体現していると評価されていますね。
この映画の制作期間は約8年にも及び、高畑監督のこだわりが随所に見られる作品となっています。
特に幼少期の描写には、貧しくとも豊かな共同体生活の美しさを表現するという監督の強い意図が込められています。
まとめ
『かぐや姫の物語』における幼少期の描写は、原作『竹取物語』にはほとんど描かれていない、映画オリジナルの要素です。
山里で捨丸たちと自由に遊び、「タケノコ」と呼ばれながら育つ日々は、かぐや姫にとっての「本当の幸せ」を表現しています。
赤ん坊から少女へと急成長する過程、自然の中で身体を動かす喜び、共同体の一員として受け入れられる安心感。
これらは後の都での息苦しい生活や、翁が描く幸せとのズレと対比され、物語全体の大きなテーマを支えています。
幼少期パートがあるからこそ、月への帰還という結末が深い感動を呼ぶのです。
高畑勲監督が8年もの歳月をかけて作り上げたこの幼少期の描写は、アニメーション表現の新たな地平を切り開いた傑作と言えるでしょう。
もう一度、あの山里の風景を観てみませんか
『かぐや姫の物語』の幼少期シーンは、何度観ても新しい発見と感動があります。
もし以前に観たことがある方も、この記事を読んだ後にもう一度観ると、また違った視点で楽しめるかもしれませんね。
特に、山里での自由な日々と都での生活の対比、翁の愛情と姫の本当の幸せのズレに注目すると、物語の深さがより伝わってきます。
まだ観たことがない方には、ぜひ一度ご覧いただきたい作品です。
美しい水彩画のようなタッチで描かれる映像と、子どもの成長という普遍的なテーマが、きっとあなたの心に響くはずです。
かぐや姫が「タケノコ」と呼ばれていた頃の輝きを、ぜひその目で確かめてみてくださいね。