
高畑勲監督の『かぐや姫の物語』について調べていると、「論文」という言葉に出会うことがありますよね。
この映画は2013年に公開されたスタジオジブリの作品で、古典『竹取物語』を原典としながらも、高畑監督独自の解釈が盛り込まれた傑作として知られています。
公開から10年以上が経過した現在、この作品を学術的に分析した論文が日本語・英語を問わず数多く発表されており、アニメーション研究、文学研究、教育研究など多様な分野から注目を集めているんですね。
本記事では、『かぐや姫の物語』を扱った論文にはどのようなテーマがあるのか、どんな研究成果が蓄積されているのかを、わかりやすく整理してご紹介します。
結論:『かぐや姫の物語』の論文は多様なテーマで研究されている

『かぐや姫の物語』を対象とした論文は、主に以下の5つのテーマに分類できます。
- アダプテーション研究:原典『竹取物語』との比較分析
- 記憶・抵抗の物語論:ノスタルジア、亡命、権力への抵抗という視点
- アニメーション表現論:手描き風の線や色彩が観客に与える効果
- 古典教育への活用:授業実践や教材研究としての可能性
- テーマ研究:「姫の罪」「ジェンダー」「感情表現」など特定主題の掘り下げ
これらの論文は、大学の機関リポジトリやJ-STAGEなどで公開されており、専門的な研究から教育現場での実践報告まで幅広く存在しています。
映画を観た後にさらに深く理解したい方や、レポート・卒論のテーマを探している学生の方にとって、これらの論文は非常に参考になる資料ですね。
なぜ『かぐや姫の物語』は論文の研究対象になるのか

原典との距離感が絶妙だから
『かぐや姫の物語』は、誰もが知る古典『竹取物語』を原典としながらも、高畑勲監督による大胆な創造と解釈が加えられた作品です。
原典では数行で描かれるかぐや姫の子ども時代を、映画では全体の約4分の1もの尺を使って丁寧に描いているんですね。
また、原典にはほとんど登場しない「山」の風景や民の生活が、映画では繰り返し印象的に描かれています。
このような原典の尊重と創造的改変のバランスが、アダプテーション研究の格好の材料となっているわけです。
「姫の罪」という未解決の謎があるから
映画のキャッチコピーは「姫の犯した罪と罰。」でした。
原典『竹取物語』にも「姫は罪をつくり給へりければ」という一文がありますが、実はこの「罪」が何を指すのか学界でも定説がないんですね。
「姦淫の罪」という説もあれば、「月世界への反抗」という解釈もあり、さまざまな議論が続いています。
高畑監督はこの曖昧さをそのまま映画に取り入れ、観客に解釈を委ねる形で作品を構成しました。
この「開かれた物語」としての性質が、多様な学術的解釈を生み出す土壌となっているんですね。
独特のアニメーション表現が革新的だから
『かぐや姫の物語』の最大の特徴は、手描きスケッチ風の線と水彩画のような色彩表現です。
従来のジブリ作品とは一線を画すこの表現は、「記憶の中のイメージ」や「儚さ」を視覚化したものとされています。
余白の使い方、線の省略、色の淡さなど、アニメーション技法としても高度であり、映像表現論・メディア論の研究対象として注目されているんです。
古典教育の現代的課題に応える可能性があるから
現代の学校教育では、「古典嫌い」「古典離れ」が大きな課題となっています。
『かぐや姫の物語』は、現代的な感覚で古典世界を生きる姫を描くことで、若い世代と古典の橋渡しをする可能性を持っているんですね。
実際に、映画を授業で活用し、生徒の古典理解を深める実践研究も報告されています。
このように教育的価値も高いことから、教育学分野の論文も複数発表されているわけです。
『かぐや姫の物語』論文の具体的なテーマと研究事例
アダプテーション研究:原典との比較から見えるもの
大東文化大学の機関リポジトリに収録された論文「『かぐや姫』のアダプテーション」は、映画とノベライズ版の両方を対象とした研究です。
この論文では、「絵」を重視するアニメと「ストーリー」を重視するノベライズという2つのメディアの違いに着目しながら、高畑監督がどのように原典を改変したかを詳細に検証しています。
特に注目されているのは以下のポイントですね。
子ども時代の大幅な拡張
原典では、かぐや姫は翁夫婦の家に来てから数行で成人してしまいます。
しかし映画では、全カットの約4分の1を子ども時代の描写に割いているんですね。
山里で捨丸たちと走り回り、自然の中で育つ姫の姿は、高畑監督のオリジナル創造部分として重要な意味を持っています。
この時期の描写が、後半で姫が「地上への愛着」を示す伏線になっているという分析もあります。
「山」という空間の象徴性
映画では「山」のシーンが繰り返し登場します。
山里の民の生活、四季の移ろい、自然との共生——これらはすべて原典にはない要素です。
論文では、「山」を軸に高畑監督が物語構造を再編したと指摘されています。
都での窮屈な生活と対比される「山」は、姫にとっての「本当の生」の象徴であり、地上世界の魅力を体現する空間なんですね。
「姫の罪」の複数解釈の可能性
論文では、映画が提示する「姫の罪」について、複数の解釈可能性を整理しています。
- 別人説:かぐや姫と月の女は別人格で、姫が地上での経験を通して月の女の記憶を呼び覚ましてしまったことが罪
- 本人説:かぐや姫自身が月の女であり、地上への想いを抱き続けること自体が月世界のルールに対する罪
高畑監督はあえて明示的な説明を避けており、観客それぞれの解釈を許容する構造になっているんですね。
記憶・亡命・抵抗の物語論
J-STAGEに掲載されたS. Napierによる論文「『見たことある』──『かぐや姫の物語』における記憶・亡命・抵抗」は、英文学・ポピュラーカルチャー研究の視点から本作を分析しています。
この論文では、高畑作品を一貫して「記憶」「ノスタルジア」「権力への抵抗」を描いてきた作家として捉え、『かぐや姫の物語』もその文脈における「画期的傑作」と位置づけているんですね。
「亡命」としての地上生活
かぐや姫が「月」という完璧で感情のない世界から「地上」へと一時期「亡命」し、そこで人間的な喜び・苦痛・貧しさ・不条理を経験する——。
この構図を、アイデンティティと居場所をめぐる普遍的な物語として読み解いています。
月に戻されることは、記憶を消去され本来の自分を失うことであり、これは一種の「死」に等しいという解釈もあるんですね。
「見たことある」という感覚
論文のタイトルにもなっている「見たことある」という感覚は、作品が観客の記憶や集合的記憶とどのように結びつくかを示しています。
手書き風の画風や省略された線は、「記憶のイメージ」に近い表現なんですね。
私たちが過去を思い出すとき、その映像は鮮明ではなく、輪郭が曖昧で色も淡くなっているものです。
映画の画風は、まさにそのような記憶の質感を再現しているという分析があります。
非意識とアニメーション表現
黒田麻衣子による「非意識を意識化させることに着目したアニメーション分析の研究 ― ジブリ映画『かぐや姫の物語』を取り上げて」は、アニメーションの表現が観客の「非意識」をどのように顕在化させるかを分析する研究です。
この論文では、場面構成・動き・色彩・線などを詳細に分析し、視聴者が自覚していない感情や記憶を作品が呼び起こすプロセスを論じています。
走る場面の身体感覚
映画には、かぐや姫が激しく走る印象的な場面があります。
この場面は、スピード感のある動きと粗い線の組み合わせによって、姫の解放感や衝動を視覚化しているんですね。
観客は無意識のうちに、この動きに自分の身体感覚を重ね合わせ、姫の感情を追体験しているという分析があります。
余白の効果
『かぐや姫の物語』の画面には、多くの「余白」があります。
この余白は単なる手抜きではなく、観客の想像力を喚起し、感情を投影する空間として機能しているんですね。
余白が多い画面は、閉塞感や孤独感を表現する際にも効果的に使われています。
古典教育への活用研究
『竹取物語』の手紙分析
愛媛大学教育学部紀要に掲載された「『竹取物語』におけるかぐや姫の手紙の比較」は、かぐや姫が翁夫婦と帝に宛てた手紙を、文末表現・文章量・文体などの観点から比較分析した研究です。
この論文では以下のような点が明らかにされています。
- 翁夫婦への手紙は情愛に満ちた柔らかい表現
- 帝への手紙は体言止めや反実仮想を用いた余情ある表現
- 相手によって言語スタイルを使い分けるかぐや姫の心情
このような言語的分析を通して、「古典嫌い」が多い現状の中で古典教育の価値を再考する意図があるんですね。
映像作品を用いた古典イメージの形成
鳴門教育大学の「古典の世界をイメージさせるための映像作品活用の研究」は、映画『かぐや姫の物語』を授業で活用し、生徒に古典世界のイメージを喚起させる方法を検討した実践研究です。
論文によれば、映画では「現代的な考え方で古典世界を生きる姫」の存在が、現代の学習者と古典世界をつなぐ「キー」となるとされています。
古典本文の読解だけでなく、映像表現を通して服飾・住宅・階層構造・婚姻観などの文化的背景を具体的にイメージさせる授業デザインが提案されているんですね。
SNSや評論での『かぐや姫の物語』論文への言及
学生のレポート・卒論テーマとしての人気
Twitterやブログでは、「『かぐや姫の物語』で卒論を書いた」「レポートのテーマにした」という投稿が数多く見られます。
特に、アニメーション学科、日本文学科、教育学科の学生から高い人気があるようですね。
「原典との比較がしやすい」「視覚的な分析ができる」「テーマが多様で書きやすい」といった理由が挙げられています。
研究者コミュニティでの評価
アニメーション研究者や日本文学研究者の間でも、『かぐや姫の物語』は重要な研究対象として認識されています。
「高畑勲の集大成」「アニメーション表現の新境地」「古典の現代的再解釈の成功例」といった評価が見られますね。
特に、手描き風アニメーションの技法については、映像制作の教科書的な存在として言及されることも多いんです。
教育現場からの反応
国語科や古典の教員からは、「授業で使える教材」として歓迎する声が多く聞かれます。
「生徒が原典に興味を持つきっかけになる」「視覚的に古典世界をイメージできる」といったメリットが指摘されていますね。
一方で、「映画と原典の違いを混同しないよう注意が必要」という慎重な意見もあります。
まとめ:『かぐや姫の物語』論文は多角的な研究の宝庫
『かぐや姫の物語』を扱った論文は、アダプテーション研究、記憶と抵抗の物語論、アニメーション表現論、古典教育への活用など、多様なテーマで展開されていることがわかります。
原典『竹取物語』との絶妙な距離感、「姫の罪」という未解決の謎、独特のアニメーション表現、そして現代教育への応用可能性——これらすべてが、学術的な研究対象として魅力的な要素なんですね。
大学の機関リポジトリやJ-STAGEなどで多くの論文が無料公開されているため、興味のあるテーマから読み始めることができます。
映画を観て感動した方も、レポートや論文のテーマを探している学生の方も、これらの研究論文を読むことで、作品への理解がさらに深まるはずです。
あなたも『かぐや姫の物語』の世界を探求してみませんか
『かぐや姫の物語』は、観るたびに新しい発見がある奥深い作品です。
論文を読むことで、自分では気づかなかった視点や解釈に出会えるかもしれませんね。
まずは興味のあるテーマの論文を1本読んでみることから始めてみてください。
アダプテーションに興味があるなら原典との比較論文を、画面表現が気になるならアニメーション分析の論文を、教育に関心があるなら授業実践の報告を——あなたの関心に合わせて選んでみましょう。
そして映画をもう一度観返してみると、論文で読んだ視点が新しい発見をもたらしてくれるはずです。
古典『竹取物語』も合わせて読めば、さらに理解が深まりますよ。
あなたなりの「姫の罪」の解釈を見つける旅に、ぜひ出かけてみてくださいね。