
スタジオジブリの映画「かぐや姫の物語」を見て、その美しい映像と切ない物語に心を動かされた方も多いのではないでしょうか。
この作品、実は誰もが知る古典文学が元になっているんですよね。
でも、原作とどう違うのか、高畑勲監督はどんな思いで作ったのか、気になることがたくさんあります。
この記事では、「かぐや姫の物語」の原作について、その成り立ちから映画化の背景、原作との違いまで、詳しくお伝えしていきますね。
映画をもっと深く楽しみたい方、原作に興味がある方にぴったりの内容です。
かぐや姫の物語の原作は「竹取物語」

「かぐや姫の物語」の原作は、平安時代に成立した日本最古の物語文学「竹取物語」です。
2013年11月23日に公開されたこの映画は、スタジオジブリの高畑勲監督が、原案・脚本・監督を務めた作品となっています。
「竹取物語」は、竹の中から生まれた美しいかぐや姫が、貴族たちからの求婚を退け、最終的に月に帰るという物語ですね。
高畑監督は、この古典を単に映像化するのではなく、姫の心情や人生の葛藤を新たに描き出すことで、現代的な作品として蘇らせました。
脚本には坂口理子氏が参加し、14年ぶりとなる高畑監督の長編監督作であり、同時に遺作となった作品でもあります。
「竹取物語」が原作になった背景

高畑勲監督と「竹取物語」の長い関係
実は、高畑勲監督と「竹取物語」の関係は、非常に長いものがありました。
1959年、高畑監督が東映動画時代に既に「竹取物語」の企画プロットを書いていたとされています。
つまり、この作品は50年以上も監督の心の中で温め続けられてきた企画だったんですね。
2008年春に企画が正式決定され、2009年10月には脚本の準備稿が完成しました。
しかし、絵コンテの完成は2013年3月23日までかかり、公開も当初予定から延期されるほど、監督のこだわりが詰まった作品となりました。
なぜ「竹取物語」を映画化したのか
高畑監督が「竹取物語」を選んだ理由には、いくつかの要素があります。
まず、日本最古の物語でありながら、現代にも通じる普遍的なテーマを持っているという点です。
自由への憧れ、社会的制約への葛藤、愛する者との別れといったテーマは、時代を超えて人々の心に響きますよね。
また、原作には姫の内面がほとんど描かれていないため、監督自身の解釈や創作を加える余地が大きかったという点も重要です。
高畑監督は、原作をただなぞるのではなく、姫が「なぜ地球に来たのか」「何を求めて生きたのか」という問いに、独自の答えを出そうとしたんですね。
製作体制の特徴
「かぐや姫の物語」の製作体制は、スタジオジブリにとっても実験的なものでした。
スタッフ編成は外注中心で、ジブリ史上初めて鈴木敏夫氏以外のプロデューサー(西村義明氏)が誕生したんです。
企画は鈴木敏夫氏、製作は氏家齊一郎氏が担当しました。
音楽は久石譲氏、主題歌は二階堂和美氏が担当し、声優には朝倉あき氏(かぐや姫)、地井武男氏(翁)、宮本信子氏(媼)らが参加しています。
原作「竹取物語」とはどんな物語か
「竹取物語」のあらすじ
原作「竹取物語」は、平安時代に成立した日本最古の物語文学です。
物語は、竹取の翁が竹の中から小さな女の子を見つけるところから始まります。
翁夫婦が大切に育てると、女の子はわずか3ヶ月ほどで美しい娘に成長し、「なよたけのかぐや姫」と名付けられました。
姫の美しさの評判を聞いた5人の貴族が求婚してきますが、姫はそれぞれに難題を課して退けます。
最後には帝(天皇)からも求婚されますが、姫はそれも断り、自分が月の都の者であることを明かします。
そして十五夜の夜、月から迎えが来て、姫は地上の記憶を失って月へ帰っていくというのが大筋ですね。
「竹取物語」の文学的価値
「竹取物語」は、単なるおとぎ話ではありません。
日本最古の物語文学として、後の文学作品に多大な影響を与えた重要な作品なんです。
平安時代の貴族社会の様子や価値観、当時の人々の月への憧れなどが描かれており、文化史的にも貴重な資料となっています。
また、ファンタジー要素と現実的な人間描写が絶妙に組み合わさった構成は、現代の物語作品にも通じるものがありますよね。
原作に描かれていないもの
実は、原作「竹取物語」には、映画で重要なテーマとなっている姫の心情や動機がほとんど描かれていません。
姫がなぜ求婚を拒むのか、月に帰ることについてどう思っているのか、地球での生活をどう感じていたのか。
こうした内面的な部分は、読者の想像に委ねられていたんですね。
高畑監督は、この「描かれていない部分」にこそ創作の余地を見出し、映画の核心的なテーマとして掘り下げていったのです。
映画「かぐや姫の物語」は原作とどう違うのか
姫の心情描写の追加
映画最大の特徴は、かぐや姫の心情が丁寧に描かれている点です。
山で自然と共に暮らしていた幼少期の姫の生き生きとした姿、都に出て貴族の娘として教育される中での戸惑い、そして自由を奪われることへの反発。
こうした感情の変化が、原作にはない映画独自の要素として加えられています。
特に、姫が「地球に生まれたかった」と願った記憶を持っているという設定は、映画オリジナルの解釈ですね。
この設定により、姫が月に帰ることの悲劇性がより際立つようになっています。
捨丸との関係
映画では、幼少期に山で出会った「捨丸」という少年との関係が重要な位置を占めています。
捨丸は原作には登場しないオリジナルキャラクターで、姫にとって地球での生活の象徴的な存在です。
成長した姫が貴族社会に縛られる中、偶然再会した捨丸と束の間の自由を味わうシーンは、映画の中でも特に印象的なシーンとなっています。
この関係を通して、姫の「本当に生きたかった人生」が浮き彫りになるんですね。
月への帰還の意味づけ
原作では、月への帰還はある種宿命的に描かれていますが、映画では異なる解釈が加えられています。
映画では、姫が地球での苦しみから逃れたいと無意識に願ったことが、月からの迎えを呼び寄せてしまったという解釈になっているんです。
つまり、月への帰還は単なる運命ではなく、姫自身の心の叫びの結果でもあるという複雑な構造になっています。
しかし、いざ帰る時になって、姫は地球での記憶を失いたくないと抵抗します。
この矛盾した感情が、人間の複雑さをリアルに表現しているんですね。
視覚表現の革新性
原作を読んだだけでは想像できない要素として、映画の独特な視覚表現があります。
高畑監督は、水彩画のような淡い色彩と、線画を活かした手描き風の表現を採用しました。
この表現方法は、日本の絵巻物の伝統を現代に蘇らせたものとも言えますね。
特に、姫が感情を爆発させて屋敷から飛び出すシーンでは、荒々しい線画のタッチが姫の心情を直接的に表現しており、アニメーション表現の新しい可能性を示しました。
「かぐや姫の物語」原作に対する反響
公開当時の評価
2013年11月23日の公開当時、「かぐや姫の物語」は批評家から高い評価を受けました。
特に、古典文学を現代的な視点で再解釈した点、そして革新的なアニメーション表現が注目されたんですね。
一方で、製作に時間がかかったことから公開が延期され、興行的には期待されたほどの成績を残せなかったという面もありました。
しかし、時間が経つにつれて作品の価値が再評価され、現在では高畑勲監督の代表作の一つとして認識されています。
原作ファンからの声
「竹取物語」を知っている人々からは、様々な意見が寄せられました。
「原作にはない姫の心情が描かれて、より感情移入できた」という肯定的な声がある一方で、「原作の雰囲気とは違う」という意見もあったようです。
特に、捨丸との恋愛要素については、原作にはない要素だけに賛否が分かれる部分でした。
ただ、多くの人が「原作を読み返したくなった」「竹取物語への興味が深まった」と感じたことは、映画が原作への関心を高める役割を果たしたことを示していますね。
テレビ放送での再注目
2026年1月9日には、日本テレビ「金曜ロードシネマクラブ」で放送される予定となっています。
テレビ放送のたびに、SNSでは作品への感想が多く投稿されるんですよね。
「何度見ても泣ける」「姫の命名シーン『なよたけのかぐや姫』が美しい」といった声や、「最後のシーンの意味を考えさせられる」という深い考察も見られます。
また、「原作の竹取物語も読んでみたい」というコメントも多く、映画をきっかけに古典文学に興味を持つ人が増えているようです。
関連作品の展開
映画の公開に合わせて、様々な関連作品も発表されました。
脚本に参加した坂口理子氏によるノベライズ小説が角川文庫から2013年に出版されています。
この小説では、映画の内容をより詳しく文章で味わうことができるんですね。
また、徳間アニメ絵本や文春ジブリ文庫からも関連書籍が出版され、様々な角度から作品を楽しめるようになっています。
これらの関連作品を通して、映画だけでは伝えきれなかった部分を補完することができます。
原作と映画、それぞれの魅力
原作「竹取物語」の魅力
原作「竹取物語」の最大の魅力は、そのシンプルさと普遍性にあります。
余計な説明を排除した簡潔な文体は、読者に想像の余地を与えてくれますね。
また、平安時代の言葉で書かれた原文には、独特のリズムと美しさがあります。
現代語訳で読んでも楽しめますが、古文に挑戦してみると、日本語の美しさを再発見できるかもしれません。
原作は比較的短い物語なので、初めて古典に触れる方にもおすすめの作品です。
映画「かぐや姫の物語」の魅力
一方、映画の魅力は、視覚的な美しさと感情的な深さにあります。
高畑監督が描き出した姫の心情は、現代を生きる私たちの葛藤とも重なる部分が多いんですよね。
社会の期待と自分の本当の気持ちの間で揺れ動く姿は、誰もが共感できるのではないでしょうか。
また、久石譲氏の音楽と二階堂和美氏の主題歌「いのちの記憶」が、作品の世界観を一層深めています。
映画は、原作にはない「なぜ」「どうして」という問いに、一つの答えを提示してくれる作品なんです。
両方楽しむことの意義
理想的なのは、原作と映画の両方を楽しむことですね。
原作を先に読んでから映画を見ると、高畑監督がどこを膨らませ、何を加えたのかがよくわかります。
逆に、映画を先に見てから原作を読むと、原作のシンプルさと余白の美しさに気づくことができるでしょう。
どちらから入っても、もう一方を体験することで、作品の理解が深まり、より豊かな鑑賞体験ができますよ。
まとめ:かぐや姫の物語の原作を知って作品をより深く
「かぐや姫の物語」の原作は、日本最古の物語文学「竹取物語」です。
高畑勲監督は、この古典を50年以上温め続け、原作にはない姫の心情や人生の葛藤を新たに描き出しました。
映画では、捨丸との関係や、月への帰還の新しい解釈、革新的な視覚表現など、原作にはない要素が数多く加えられています。
一方で、原作「竹取物語」には、シンプルさゆえの普遍性と、想像の余地を残す美しさがあるんですね。
2013年の公開から時間が経った今も、テレビ放送のたびに多くの人々の心を動かし続けています。
原作と映画、それぞれに異なる魅力があり、両方を知ることで作品の理解はより深まります。
高畑勲監督の遺作として、また日本の古典文学と現代アニメーションの見事な融合として、この作品は今後も語り継がれていくでしょう。
あなたも原作と映画、両方を体験してみませんか
もし映画「かぐや姫の物語」をまだ見ていないなら、ぜひ一度ご覧になってください。
2026年1月9日のテレビ放送は、作品に触れる絶好の機会になりますよ。
そして映画を見た後は、ぜひ原作「竹取物語」も読んでみてくださいね。
現代語訳なら気軽に読めますし、古文に挑戦してみるのも良い経験になります。
映画で描かれた姫の心情を思い浮かべながら原作を読むと、新しい発見がたくさんあるはずです。
また、坂口理子氏のノベライズ版や関連書籍も、作品世界をより深く理解する助けになります。
千年以上前に書かれた物語が、現代のアニメーション映画として蘇り、これからも多くの人々に感動を与え続ける。
それが「かぐや姫の物語」と原作「竹取物語」の持つ、時代を超えた力なんですね。
あなたも、この美しく切ない物語の世界に、ぜひ足を踏み入れてみてください。